第177話 千沙の視点 あはははは・・・はは
人は普段何気なく使っている物には何も感謝はしません。当たり前のことです。
寒ければ服を重ね着すればいいですし、紙に何か書きたければペンを使えばいいだけの至極当然の話です。
「人の下着もそうです。汗かいて湿ったら穿き替える。しかし、穿き替える下着がそこに無ければ人は焦りを感じます」
それが家ならば、タンスまで半裸で行けば済む話ですが、他人の家ならばそうはいかないでしょう。
「だから私は、Xperi―――じゃなくて、このことを通して兄さんに感謝してほしいんです」
そう。私が入浴中の兄さんのパンツを盗んだのは、“あって当然のものを、時には感謝してほしい”という想いがあるのです。
「今まで当然のように傍に居た元祖・妹がここ最近一緒に居ないんです。そろそろ思い返してほしいですね。あと、ちゃんと寂しがってほしいです」
私が異性の下着を盗むという奇行に至ったのは、お母さんから学んだ“仕返し戦法”を参考にしたからです。
「まぁ、本当に参考にするならば、お母さんのアレは完全に‟八つ当たり“ですが」
“八つ当たり”で済ますと、矛先が陽菜にいっちゃうんですよね。そこは姉としてどうかと思うので、諸悪の根源である兄さんに責任を取ってもらいます。
「さてさて、使用済み、未使用の下着を失った兄さんはどんな反応するんでしょうか。ふふ。楽しみですね!」
「千沙、大丈夫? さっきからうとうとしているけど」
「.....別に」
現在18時26分。今日は日曜日で晩御飯の時間です。
「別にって.....」
「昨晩、兄さ―――高橋さんのせいで一睡もできませんでしたから。ただでさえ寝不足生活なのに.....」
「え?! 和馬君、昨日は家に帰ったんじゃないの?!」
「?」
「よ、夜な夜な二人で何シてたの.....」
「何言ってるかわかりませんが、高橋さんは自宅に帰ったじゃないですか。考え事ですよ、考え事」
「あ、ああ、なるほど。そっちね」
なに想像してたんですか、この変態長女は。相変わらず頭の中、どピンクですね。ったく。
「で、高橋さんはまだ来ないんですか?」
「たぶん。でも、千沙から誘うなんて珍しいね?」
「ふふ。それはですね、高橋さんに仕返―――」
「た、高橋、おじゃましまーす!」
噂をすれば兄さんが来ましたね。リビングに入ってきましたが、歩き方に違和感があります。
それもそうでしょう。私の予想が正しければ、ノーパンですよ。下着を穿いてないんですから変な歩き方です。
「いらっしゃい。二日連続でごめんなさいね?」
「いえ! こちらこそお世話になってばかりですみません!」
「そんなに畏まらないでよ、和馬君。じゃんじゃん食べて」
「そうだよ。肉は余分に買ってあるんだ。むしろ食べきるまで返さないよ。あと俺の隣ね。かもん」
「和馬、あんたなんか歩き方変よ? 下半身どうしたのかしら?」
さすが陽菜。真っ先にそこに気づきましたね。
というか、よく“下半身どうかしたの?”って聞けますね。そんな聞き方初耳ですよ。
「誰のせいだと思ってんだバカ野郎ッ!」
「痛ッ!!」
なぜか、兄さんが陽菜の頭をチョップしました。なんででしょうね。
周りの皆は「また陽菜がなんかしたんだろう」という感じで聞き流しています。
「なによ?! 私が何したって言うのよ?!」
何もしてないと思います。
「まだ薄情しない気か。まぁいい。今日は大目に見てやる。食事が優先だ」
この様子だと、ノーパンらしいですね。それが陽菜のせいだと言いたいのでしょう。
もちろん、陽菜は何が何だかわかっていないでしょう。もっと言えば、私もなんで陽菜が責められるのかがわかりません。
「なにそれ?! 納得いかないんですけど!!」
「俺の方がッ!.....と言いたいところだけど、せっかく皆で食事するんだ。スースーするのは我慢してやる」
今、「スースーする」って言いましたね。その発言は完全にノーパンですよ。
「スースーってあんたまさかノーパン?!」
さすが陽菜(二回目)。スースーと聞いて真っ先にそこを疑いますか。
「もう二人共、その辺にして。お肉焦げちゃうわよぉ?」
「ほら、和馬君。筋肉がタンパク質欲しくて悲鳴を上げてるよ」
「うっわ、焦げちゃった。はい、高橋君」
「お父さん、焦がしたんだったら責任取って自分で食べてください」
もちろん、私は知らんぷりです。白状する気なんて微塵もありませんよ。
「すみません。いただきます」
「これで私、無罪だったらただじゃおかないから」
「え、あ、まぁ、そんなことはないから上等だ」
陽菜の圧勝ですね。陽菜がどんな条件を出すのかわかりませんが、覚悟した方がいいですよ。
「うまぁ!」
「最高ですね」
「そういえば千沙が今日あっちに帰らなかったのは、
「いや、仕返―――ええ、そうです。
「はは。普段動かないお前がそんなに食べて大丈夫なのか?」
「なっ?!」
「ま、頑張れよ(笑)」
太るぞって言いたいんですか?! 最低ですよ!!
「そう? 俺はもっと肉を付けた方が良いと思うなぁ」
「二人ともデリカシー無さ過ぎ.....」
本当ですよ。証拠として兄さんに私のお腹を見せてあげたいくらいです。見事なスレンダーさを保ててますからね。
「和馬、タレ以外にも美味しい食べ方があるわよ?」
「?」
そう言って陽菜が自分の受け皿の上ですりおろされたワサビと塩を混ぜ、焼いたお肉の上にそれを乗せました。
「ワサビとガーリックソルトを混ぜてお肉につけると美味しいわよ。はい」
「ほうほう。......うまぁ! 本当だ! つーんとくる感じと、ニンニク風味の塩っ気が肉との相性抜群だ!」
「あとは.....柚子胡椒をお肉に付けて、その上に大根おろし、最後にポン酢をかけても美味しいわ」
「うまぁ! 柚子胡椒が主張しすぎることなく、おろしポン酢の水っぽさでお肉の味が薄れることない! さっぱりしているから何枚でも食える! お前天才か?!」
「えへへ」
なっ、なっ、なななんですか?! アレは!!
私には「デブにならないよう気を付けろよ」って言ったくせに、陽菜とあんなにデレデレしちゃって!!
「他には、サンチュと―――」
「私のも食べてください!!」
「むぐッ?!!」
私は兄さんの口が開いた隙を見て、そこに勢いよくお肉を突っ込みました。
「ち、千沙姉?」
「チョコソースとマヨネーズを
「うっ。.....これは酷い味だ」
「牛が可哀想.....」
「なっ?!」
「えっと、千沙は他人に自分の味覚を強要しない方がいいよ。自分だけで楽しんでてくれ」
っ?! そんな突き放した言い方しなくてもいいじゃないですか!!
見れば、周りの皆も私のレシピに口を押えています。
「お、美味しいじゃないですか?!」
「陽菜だったら、コレをどう変える?」
「.....試したことないけど、マヨネーズと明太子ならあうと思う。あと刻んだ海苔とか少し加えると美味しいかも。ちょ、チョコソースはまず使わないわ」
そ、そこまで言います?! 美味しいと思うんですけど、その言い方はどうかと思いますよ!!
「ほらな。陽菜の言ったレシピの方が断然美味しそうだぞ。なんだチョコソースって。“食”への冒涜だよ」
「ぼ?!か、価値観がたまたま違っただけです! ほら! チーズとチョコソースを合わせて食べると美味しいですよ!」
「お前にとってチョコソースはなんなんだ.....」
そ、そんなぁ。
「で、陽菜。さっき言いかけたサンチュがなんなんだっけ?」
「え、えっとね、サンチュの上に大葉、お肉を置いてレモン汁と塩コショウをかけると美味しいわ―――」
「か、和馬君」
「え? なんですか? 葵さん」
「あ」
「ち、千沙がね」
え、私がどうかしたんですか?
「ど、どうしたんだ、千沙? どこか痛いのか?」
「ふぇ?」
「おい、高橋ぃ。どう落とし前つける気だぁ」
「.....泣き虫さんが泣かせたわぁ」
泣いた? 私が?
気づけば何かしらの雫が私の頬をなぞるようにして、その真下にあったお肉の上に落下しました。
.....ああ、これはアレですね。
「はは。塩っ気があって美味しいかもしれませんね?」
「「「「「.....。」」」」」
「舌がおかしい私にはちょうどいいスパイスですよ............ぐすっ」
兄さんともっと仲良くなりたかったはずなのに、変に仕返しを考えて、陽菜に嫉妬して、勝手に泣いちゃって.....。妹失格ですよ。
「あ、もう妹じゃないかぁ」
脱力しきってそんなことを言ってしまった私でした。
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