第176話 和馬アクシデント

 「あ、兄さ―――高橋さん」

 「お、千沙か。これからあっちに帰るのか?」


 天気は晴れ。10月入ってからもう夏のような暑いと感じる日が少なくなってきて、外で仕事がしやすくなってきた時期となった。


 「と、思ってたんですが、今日はこっちに泊まります」

 「え。ってことは、明日朝早くここを出て学校行かないといけないじゃん」

 「そうですね」


 昼過ぎの今、俺は午前中の間、いつも通り西園寺家で働いてきて、午後になったので今後は中村家にバイトしに来た。んで、着いたら中庭で千沙と会ったのだ。


 「朝弱いお前が珍しいな」

 「昨日一睡もできなかったので今晩は早く寝ますし、早起き可能です」

 「また徹夜ゲームしてたのか」

 「た、高橋さんは私をなんだと思ってるんですか」


 いや、まんまソレだよ、ソレ。どーせゲームだろ。ゲームに夢中で寝なかったんだろ。


 昨晩、バイト野郎が家に帰る前に千沙と言い合いになったが、寝て起きたらこんなもんだ。千沙は気にしている様子は無さそう。俺も喧嘩がしたいわけじゃないから昨日のことは水に流したい。


 でも、


 「高橋さんはこれから仕事ですか?」

 「おう。......ところで千沙」

 「?」

 「その.....やっぱりもうその呼び方?」

 「っ?! あ、当たり前ですよ!!」


 だよね。ですよね。ああ、もう千沙の口から「兄さん」って聞けないのか。


 まぁそれもこれも、俺を遠ざけた千沙のせいだからな。キモ発言した俺のせいとも言えるけど。


 「私、許しませんから。乙女の純情を弄んだ高橋さんを」

 「じゅ、純情って。そんなにキモかった?」

 「え、キモ? ゴッホン! まぁ、高橋さんがどうしてもって言うなら、また妹になってあげなくもないですよ?」


 はぁああ?! こっちは終始被害者だぞ! もうそういう言い方するなら知らんわ!


 「あっそ。まぁ、俺には陽菜がいるからいいけど」

 「なっ?! 私の代わりにするって言うんですか?!」

 「ったりめーだ。千沙なんかよりよっぽど“妹らしい”よ」

 「くっ?! 私が元祖ですよ?!」


 妹に元祖ってあんの? 初耳なんですけど。


 「どうせ高橋さんのことですから、妹なんか“喋るラブドール”くらいにしか思ってないんでしょう?!」

 「お、おおおい!! おまッ! なんつうこと言うん―――」

 「和馬くーん! そろそろ仕事はじめるよ!」


 千沙と言い合いしていたら後ろから葵さんに声をかけられた。まさかJKの口からラブドールの単語を聞く日が来るとは思ってなかった。


 俺は葵さんに大きな声で返事をして葵さんのいる所に向かおうとする。


 「はぁ。じゃ、俺は仕事に行くわ」

 「はい。......あ、高橋さん、今日は夕飯こっちで食べないんですか?」

 「あれって週末だけって話じゃないの?」

 「いや、うちはいつでもウェルカムですよ」


 なんだこいつ。俺がキモいなら早く帰らせたいと思うのが普通じゃないのか。


 「まぁでも、昨日から両親が家に居るし、悪いけど今日は―――」

 「もうッ! 先輩を待たせるってどういうこと?!」

 「あ、姉さん」


 “長時間”?


 葵さんが可愛らしくプンプン怒りながらこっちに来た。すぐ行かなかった俺が悪いけど、少しも待ってくれないのはせっかちだと思います。


 「すみません」

 「和馬君と何を話してたの?」

 「今日も晩御飯を一緒にしましょうと誘っていたところです」


 「嬉しいけど、珍しく両親が家に居るから今日は無しで」

 「ほら。和馬君だって家族の時間を大切にしたいと思っているんだし、今日は諦めよ?」

 「.....そうですか。それは仕方ないですね」


 お、千沙にしては諦めが早いな。いつもみたいに駄々をこねないとは.....さすが、長女は説得力がありますね。助かりました。


 「悪いな―――」

 「仕方ないので、まずはうちで晩御飯を食べてから、自宅でもまた夕飯を摂ってください」


 すみません、全然助かってませんでした。


 なんですか、この次女。“仕方ない”の使い方おかしいですよ。


 「ち、千沙―――」

 「良いじゃないですか、姉さん。今日は焼肉ですよね? 大勢の方が楽しいですよ?」

 「そうじゃなくてね?」

 「ほら、仕事終わりにタンパク質を摂ることは筋肉にもいいですし」

 「和馬君、ご両親に電話して許可取ってよ」


 裏切り早ーぞ、この煩悩長女がッ!


 「そ、そこまで言うなら.....ちょっと失礼します」


 まぁ、理由はどうあれ、こうも二人に誘われてんだ。「夕飯要らない」って一言親に言っておこう。


 というか、ポジティブに捉えよう。普段料理していない母親が作る得体の知れない愛情で誤魔化したご飯より、中村家でわいわい楽しくご飯を食べた方が良いよね。


 バイト野郎はスマホを取り出し、親に電話することにした。電話するのは父親である。


 『プルプルプルプル.....ピッ』

 「あ、もしもし、俺だけど―――」

 『あ、和馬か? 「あっ!」まは少し忙しく「お゛っ!」ね。手短に―――』

 「夕飯要らないわ、じゃ」


 俺は即電話を切った。身内の喘ぎ声と肌と肌を打ち付けたかのようなパンパン音が聞こえてしまったからだ。


 「「「......。」」」


 静まり返った中庭でJK二人とバイト野郎は絶賛絶句中である。


 そういえば昨日、親父が「明日の昼は誰も居ないからヤろ」って言ってたっけ。有言実行の父親に関心すればいいのか、電話中でも腰の運動を止めなかった親父を責めればいいのか、もう僕よくわからんない。


 「え、えーっと、ご両親元気そうだね?」

 「葵さん、もうそこには触れないでください」


 「もしデキだら16歳差ってことですか? これは魂消たまげますね?」

 「千沙、お願いだから忘れて」


 俺だけならまだしも、他所のうちの子に聞かれちゃったじゃん。もうやだぁ。


 こうしてバイト野郎は今晩も中村家にお邪魔することとなった。願わくば、バイト野郎が帰ってくるまでに事を終わらしておいてほしいものである。









 「風呂だ、風呂ぉー」


 午後の仕事を終え、今は18時ちょい過ぎくらいである。10月だからか、外はもう真っ暗で、とてもじゃないが明かりなんて無い畑で仕事なんか続けられない。そう考えると夏休みよりは働く時間が少ないな。


 「ああー今日も疲れたぁ」


 夏と比べれば大して疲労は感じないが、肉体労働なことに変わりないのでつい「疲れた」と言ってしまう。もう口癖だね。


 「湯船に浸かりたいとこだが、そんな贅沢を言っている場合じゃない。シャワーで済ませよう」


 俺は東の家にて風呂場を借りているところだ。ちなみに、着替えは一式予備を持ってきているので、以前のような陽菜が俺の着替えを持っていたなどというアクシデントは無い。


 「いやぁ~、夕飯が焼肉のときに俺も呼んでくれるって皆優しすぎ!」


 シャンプーで頭を洗いながら俺は中村家の皆に感謝していた。


 「ふぅー。さっぱりしたぁ」


 一通り身体を洗い終わったバイト野郎は誰得の火照り顔で浴室を出た。


 「さ、皆待っているだろうし、早く服着て行くか」


 持ってきた服は白地に“残業”と書かれたTシャツ、ボクサーパンツ、短パンと靴下である。靴下は、そもそも俺が長靴で来たため、裸足であれを履きたくないから予備で持ってきた物だ。

 

 「.....ん?」


 が、持ってきた服の中にアレが無くなってることに気づいた。


 「待て待て待て。おい、それは無いって。さっき確認したよ? あったよ?」


 困った。非常に困ったぞ。


 なぜか、それは.....


 「パンツが......無い」


 どうしよう。さっきまではあったはずなのに、なんで無くなったんだろう。他の服はそのまんまなのに。しかも使用したパンツまで無い。.....いや、なんで?


 あ、そうか。わかったぞ。


 「陽菜か」


 そう結論きめつけに至った俺である。



―――――――――――――――――――


ども! おてんと です。


訂正前→今は18時半くらいである

訂正後→今は18時ちょい過ぎくらいである


大して変わりませんね。許してください。


それでは、ハブ ア ナイス デー!

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