第80話 妹のチン行動

 「最初にここにタイヤをはめてですね」

 「ほうほう」

 「ビードを外します」

 「ふむふむ」


 俺と千沙はタイヤ交換の作業をしている。いやぁ機械でやるんだな。てっきり手作業かと思ったよ。自転車と違うんだね。


 ちなみにこのタイヤ交換専用機械をタイヤチェンジャーと呼ぶらしい。まんまだね。よく個人でこんなの所有しているよな。


 「......ビードわかるんですか?」

 「タイヤをリムに固定するんだろ」


 なに、それなりの知識はバイクの雑誌で習得しているつもりだ。


 「さすが私の兄ですねっ!」

 「血は繋がってないけどな」


 千沙が嬉しそうだ。知ってるだけでそんな喜ぶ? まぁ近しい歳の人と共通知識があると嬉しいのはわかるけど。


 「次にこの台に乗せて回転させながら、こうやってタイヤを外します」


 そう言って千沙はタイヤレバーという棒のやつを手にして、力作業が必要なところは自身の体重を使いながらタイヤを外していった。


 そのあとも特に取扱説明書とか見ずに、スムーズに作業をこなしていく。


 「す、すごいな。慣れているからなのか簡単そうに見える」

 「そ、そんなに大したことじゃないです」


 千沙の顔を見ると赤面していた。褒められるのに慣れしたないせいか新鮮な表情に見える。


 「いやいやすごいよ」

 「褒めたってなにも出ませんよ! それにほら...」


 そう言って照れながら千沙は少し離れた車庫の隅の方を指さす。


 「仕事を残してますから」

 「.....。」


 俺は思わず絶句した。そこにはのタイヤ5つほど重ねてあった。なんでトラックの数に見合わないタイヤがこんなにあるんだ。


 それにただのタイヤじゃない。千沙が「残してる」っていうからこれはきっと、


 「パンクしたまんまのタイヤです。兄さんに後で復習がてら、実習してもらいます」

 「そうか。褒めても何も出ないって言ってたけど、仕事は出るんだね」

 「今日でマスターしてもらいますからね?」


 あぁ、こんなことだと思ったさ。


 「とか言って本当は面倒だからやってないだけだろ」

 「さすが私の兄ですねっ!」

 「まだ兄になってから半月しか経ってないがな」


 千沙の面倒くさがりは今に始まったことじゃない。それに俺自身、興味があったから別にいいんだけど。


 「なんでまた5つもあるんだ?」

 「あぁ廃車からトってきたんです」


 日本語って不思議。「取ってきた」か「盗ってきた」か判断つかないや。


 「あ、泥棒の意味じゃないですよ。田舎は探せば森とかその辺に車が捨てられてますからね。拝借しただけです」


 返すつもりもないのに、なにが拝借だ。


 「でもこんな要らないだろ」

 「いえ、またパンクでもしたとき様に、あらかじめがあれば付け替えればいい話ですからね。型はあってるやつなんで心配無用です」


 心配なところは他にあります。親子そろって盗みを働いたことです。


 きっと運ぶ際に雇い主に頼んだのだろう。あの人のことだ、「田舎むほうちたいだし良いよね」とか言って協力したんだろう。


 「“交換済み”じゃないよな。盗ってきただけだろ」

 「ええ。これから“交換済み”にするんですよ、兄さんが」

 「.....。」

 「感謝してくださいね? 愛しい妹がちゃんと仕事をつくってあげたんですから」


 いや俺がバイトする前からこれあんだろ。部下あにに丸投げすんな。







 それから俺は千沙から一通りの手順を教わり、間に昼食摂ってから1時くらいで終わらせられた。


 「お疲れ様です」

 「おう、千沙もな」


 今日は機械面に関して教わったことがたくさんあった。前々からこういうことには興味があったし、知識を増やせたのは素直に嬉しい。


 「はぁ.....」

 「どうした? ため息なんかついて」


 仕事が終わって隣の千沙を見るとなんでか、ため息をついていた。


 「ほら、たまにしかない仕事なのに手がひどいでしょう?」


 そう言って千沙は俺に両手を見せた。どっちも肌荒れしている上に、さっきは汚れているところも触っちゃったからな。とてもじゃないが想像する女の子の手に思えない。...でもいい手だ。


 「また嫌になったのか」

 「いえ、そうじゃなくてですね。なにか忘れてません?」

 「?」


 “なにか”ってなんだろ。俺は手で顎をさすって考える。思い当たる節がない。


 「やっぱり忘れてますね」

 「え、なに?」

 「いいです。そんなことだと思ってましたから、もう自分で買っちゃいましたよ」

 「何を?」


 なにかあるなら言ってほしいんだけど。買ったって何をだ。それにちょっと千沙は怒り気味だし。


 「ち、千沙さん、この兄に何か至らない点があれば許してください」


 どーせバイト野郎がなにかやらかしたのだろう。ここはへりくだっていこう。


 「.....もういいです。兄さんにはあとでがあります」

 「はい、謹んでお受けいたします」


 よし、なんとか怒られないようにすんだぜ。しかし、バイト野郎にやってもらいこととはなんだろう。ゲームかな。でもそれならあんな含みのある言い方しないよな。






 俺と千沙は解散し、千沙はひきこもり生活へ。俺は野菜の収穫の続きへ。キュウリとインゲンを収穫しに行ったが、インゲンは時間が足らなかったので最終的に葵さんに手伝ってもらった。バイト野郎、足を引っ張って申し訳ないです。


 今日の仕事が終わり、いつものように夕食をいただく前に入浴を済ませ、南の家に向かった。もうすでに中村家のみんなは席についていた。昨日と違って桃花ちゃんがいないから安心だよ。


 「今日もおいしそうですね」

 「陽菜が部活から早く帰ってきて頑張ったのよぉ」

 「ちょっママ!!」

 「高橋君、かもん」

 「残念ですが兄さん、今日は昨日みたいに私の隣じゃありませんよ?」


 別に残念じゃない。昨日は狭くて食いづらかった。いや、“童貞宣言”のせいだったか。でもみんないつも通りでもう気にしてなさそう。良かったぁ。


 今日の夕飯のメニューの一つにコロッケがある。バイト野郎の好物だ。


 「.....。」


 いや、葵さんがなんか俺と千沙を交互に見てる。どうしたんですか? 俺がわからないってことは、千沙がなんか葵さんに言ったのかな?


 「うん、どれもおいしいよ、陽菜」

 「ふ、普通よ! 普通!」

 「これならどんな男もイチコロだ」

 「っ?!」


 陽菜の顔が赤い。うんうん、これならまじでうまいし。彼氏に弁当とか作って上げたら絶対喜ぶよ。今は夏休みだし、作る機会なんてないか。いや同じ部活ならできるか。


 そういえばこいつの彼氏情報あんまないな。聞くのも息子に悪いのでできないが、なに、秘密なんだし別に探らなくていいか。


 「あらあら、泣き虫さんもわねぇ」

 「ほんっとすごいと思う」

 「あーすみません、兄さん、足を乗っけてしまいましたー」


 千沙は言動が一致してない。謝罪しながら足を乗っける...というより踏んでるし。


 「、娘はあげないぞぉ」

 「パパ?!」


 お義父さんやといぬしから圧を感じる。あんた、陽菜に彼氏いること俺が言ったよね? 訳を知っているんだよね? なんで俺が陽菜をもらうことになんの?


 俺たちはそんなこんなで夕食を摂り終えて、今度はテレビのある広間の方へ行き、真由美さん、葵さん、陽菜と最後にバイト野郎はくつろぐ。雇い主は先ほど入浴しに行った。ちなみに夕食のデザートは杏仁豆腐だ。控えめに言ってうまい。


 「千沙姉、夕食終えてすぐ東の家あっちに言っちゃったね」

 「いべんと(?)っていうのがあるのかな」

 「あの子も本当にゲーム好きねぇ」


 そう、千沙はなんか夕食後すぐ出て行った。焦っている様子はなかったがなぜかその時の表情がしていた。ちょっと不気味だったな。


 『ガラガラガラガラ......バタンッ!』


 勢いよく家に入ってきた音がしたのは言わずもがな。噂をすれば千沙が戻ってきた。なにか忘れ物かな。


 「はぁ.....はぁ....」

 「「「「......。」」」」


 どうしたの? さっき出て行ってから5分もせずに戻ってきて。そしてそのまま千沙は俺が座っているソファーまで直行してきた。


 「だ、大丈夫か? って危なっ!!」


 千沙はを俺にポイっと投げてきた。そのあと、俺の座っている隣にボスンッ!と座った。みんなも千沙の珍行動に驚いている様子だ。


 俺は千沙から受け取った物を確認する。


 「こ、これって......ハンドクリーム?」


 千沙は俺の眼前に両手を差し出し、上目遣いで言う。


 「そうです。では兄さん......塗ってくださいっ!!」

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