閑話 陽菜の視点 洗濯前と後でも価値がある物

 「お兄さん、女性経験なかったんだねー」

 「うん」


 和馬が爆弾発言をしてから2時間が経つ。もうとっくにみんな解散して、それぞれ就寝まで自由時間を過ごすだろう。


 「彼女いなかったってことだよね?」

 「うん」


 私と桃花は夕食後私の部屋でお泊り会を開くことにする。本当は和馬あいつ誘ってトランプでもしようかと思ったけど、あんなことがあってはとてもじゃないが言えなかった。


 「いやぁ当初の予定とは違ったけど、お兄さんのあの顔が見れてすっきりしたよ!」

 「うん」


 でも、悲しんでいいのか、喜んでいいのかわからないわね。いや、喜ぶべきよ! も、もし和馬と私が付き合ったら、お互い初めてなんだら変に気負わなくていいはずだし。もしもの話だけど。


 「陽菜ってお兄さんが好きだよねー」

 「うん.....ってちょっと何言ってんのよ?!」

 「え、違うの?」

 「違うわよっ!!」


 桃花との会話にさっきから「うん」しか語らなかったから罠にはめられてしまったわ。ま、まぁ、嫌いじゃないし、和馬が私のことどうしても求めてくるなら考えてあげてもいいけど!!


 「でもさ、陽菜、彼氏はどうするの?」

 「え」

 「いや、お兄さんに言ったんでしょ?」

 「あ、そういえば」

 「その設定維持するか、謝罪するかしなきゃだめだよ.....」


 そういえば、以前、和馬あいつにそんな嘘をついたっけ。なんかの写真を和馬に見せて付き合っている彼氏がいるというフリをしたのよね。


 今思えば、あれが今年最大の後悔である。いや、人生最大かも。


 「っていうかなんで桃花が知ってるのよ?!」

 「え、お兄さんから普通に」

 「あいつから?!」

 「うん。しかも見せた写真、私も映ってたでしょ」

 「あの4人のやつだったわね.....たしか」

 「陽菜、雑すぎ.....」


 和馬に見せた写真って去年の文化祭のときのやつよね。


 あぁーー!! なんであんなしょうもない嘘ついたのよ、私!!


 「なんなら私がお兄さんに誤解をといてあげよっか?」

 「え?!」


 「陽菜、なかなか言い出さないじゃん」

 「.....うーん、でもやっぱり自分でまいた種なんだから、私が言わなきゃだめよ」


 「変なところで真面目だよねぇ」

 「べ、別に! っていうか勘違いしないでよ! 別に付き合いたいから誤解を解かきたいわけじゃんなくて、嘘ついて悪いと思ってるから解きたいのよ!」


 「はいはい」

 「絶対信じてないでしょ!!」


 も、桃花、勘づいちゃったかな。勘良いし、頭も良いし。バレてもおかしくないかも。


 「そういえば、以前言ってたお兄さんと買い物行く話はどうなったの?」

 「あ、スマホケースの?」


 「そうそう。いつだっけか結構前にお兄さんがペンキ作業で“豚クイーン”を汚したんでしょ」

 「うん。そのあとすぐに買ったんだけど、だし、それは黙っといて、あいつには買い物に付き合ってもらおうかなぁって」


 和馬のやつ、忘れてそう。いや、絶対忘れてるわ。


 「ふーん、“いい機会”ねぇ」

 「べ、別に荷物持ちとしてって意味よ」


 「はいはい。でもすでにケースを買ったのはバレてないんでしょ」

 「うん、午後の仕事の時は危なかったけど」


 そう、ジャガイモ畑の仕事で、機械のことを千沙姉に電話で聞く際、うっかり胸ポケットからスマホ出しそうになって和馬にバレるところだった。


 一応、今のところ隠し通せているし、今度デート...じゃなくて、買い物に付き合ってもらわなくちゃ。


 「ふぁあ...今日はもう眠いし、寝よ?」

 「そうね。中村家の朝は早いわよ?」

 「平気、平気。うち、おじいちゃんとおばあちゃんが朝早いから、いつも起こされちゃう」

 「それは気の毒ね」


 私たちは同じベッドに入り、寝ようとする。なぜかベッドは大きい。きっと両親が私のこれからの成長期に合わせてこのベッドを買ってくれたんだろう。


 それに私が小柄なので桃花と寝ても狭くない広さだ。


 私たちは仰向けになる。すると左にいる桃花が急に枕に手を突っ込む。


 あ、


 「...ねぇ陽菜、枕に違和感あったから取り出してみたんだけど」

 「.....。」

 「これ誰の?」


 そういって桃花はな仰向けのままを天上に向けてかざした。


 「.....ボクサーパンツね」

 「陽菜、パンツの種類を聞いているんじゃなくて、パンツの持ち主を聞いているの」


 困ったわね。さっき玄関の前で桃花に所持をバレそうになってとっさに隠したやつじゃないソレ。


 借りたのはいいんだけど、畳んで他の洗濯物と一緒に返し忘れたから対処に困ってたのよね。


 「まぁその前に大切なことを陽菜に聞かないとね」

 「...なにかしら」


 まさか人の家にノーノックでインターフォンも鳴らさずに「米倉です、お邪魔しまーす!」って言って入ってくる子がいるとは思ってなかったわ。


 おかげで片手にパンツを握ってる私と鉢合わせになったじゃない。さっきは和馬のおかげでなんとかバレずに済んだけど。


 「これ、洗濯した?」

 「...それはもちろん」


 よかった、は朝まで借りるって決めてるから大事に至らないわ。洗濯後で本当に良かったぁ。


 「じゃあ最初の質問、これ誰の?」

 「...お父さんかな」

 「それはそれでまずいよ!! いや違う人でもやばいけど!!」


 困ったわね。どう誤魔化そうかしら。いや、誤魔化せる範疇かしら。


 「お兄さんのでしょ?」

 「も、黙秘権を行使するわ」

 「このボクサーパンツ見たことあるもん」

 「なっ?! それはどういうこと?!」


 なんで桃花が知ってるの?! だってこれは下着よ! やっぱ夕食後の“桃花ママ騒動”は本当なの?!


 「だってお兄さん、ベランダに平気で干してるもん。このパンツ」


 うらやまっ...じゃなくて、ずるい...じゃなくて!


 じゃあなに、毎日干してるのベランダで見れるの?! そういえば手が届くほど隣人のベランダとの距離がないって前言ってたっけ。


 そんなのパンツ以外も選べるってことじゃない!! もう時間無制限のバイキングよ! バイキング!!


 「これじゃあ、お兄さんのこと変態呼ばわりできないよ」


 おっしゃる通りです。


 「私、見なかったことにするから、ちゃんと返しなよ...」

 「.....。」

 「へ、返事は?」

 「...明日の夕方、他の洗濯物と一緒に返すわ」

 「はぁ」


 桃花は呆れた顔をしてボクサーパンツをベッドからテキトーに他所へ投げた。ら、乱暴に扱わないでよ...。


 「っていうかお兄さん、童貞のくせになにあのヤリチン感あふれるパンツ」

 「...そうね」


 桃花はまだ夕食後の屈辱を忘れられないのかしら。


 「え、えーっと、桃花、おやすみ」

 「おやすみ変態さん」

 「......。」


 .....和馬、ごめんなさい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る