第61話 おっパイプ

 「どう? このバイト慣れてきた?」

 「ええ、葵さんたちのおかげです」


 今日は天気が晴れ。仕事日和である。最近、雨がそんなに降らないので、どこの畑も土は乾いてぱさぱさである。畑の上を歩くと、土埃が宙を舞ってしまうくらいだ。


 「ううん、高橋君の物覚えがいいからだよ」

 「はは。そう言われると頑張った甲斐がありましたね」


 “バイト野郎、お兄ちゃんになる騒動”から三日ほど経ち、今日は火曜日で直売店を開く日になる。時間はお昼過ぎで今は15時頃、日はまだ高い。


 さっきまで葵さんは直売店の手伝いをしていたが、今は店の方が落ち着いてきたので俺のお仕事を手伝ってもらっている。まったく......とんだ働き者ですね。少しは休めばいいのもを。


 「しっかし、キュウリってこうやって作ってるんですね」

 「?」

 「いや、こんなパイプやネットを使って育てているとは知りませんでした」

 「あぁ、たしかに。普通はどうやって野菜が作られるかなんて想像つかないよね」


 俺と葵さんは今、収穫が終わったキュウリの畑の片付けに取り掛かっている。ちなみに午前中の仕事は以前もやったことのある“トマトの芽かき”を一人でしていた。


 「あ、もうパイプに張り付いているネットは使い捨てだから鎌で切り取っていいよ」

 「そうですか。了解です」


 キュウリ畑とは、高さ2メートル、横1メートルちょい程ある人間サイズのトンネルが4つある畑だ。


 どうやらこのトンネルは鉄製パイプを骨組みのようにして、そのパイプを一定間隔で畑にぶっさし、縦状に一列で繋げているみたいだ。


 要は車とか電車で通る、まんまトンネルそのものだ。その中に使い捨ての専用ネットを張り、キュウリを作っていたのだが、もう収穫の限界らしく、片付けて次の作物に取り掛かるらしい。


 「これ片付けるの大変そうですね」

 「二人でやればすぐ終わるんじゃないかな」

 「頑張りましょう、葵さん」

 「うん、頑張ろう」


 ちなみにいろいろとキュウリの育て方はあるのだが、中村家ではこの栽培方法で毎年やっているらしい。


 「あ、そう言えばこの前、部屋にが“書置き”と一緒に置いてあったのですが葵さんですよねアレ」

 「よ、よくわかったね」


 そう、数日前に俺が借りている部屋の前にダンベルが2セット置いてあった。しかも見てわかる、値段が高いやつ。ウェイトを好みで変えられるダンベルってちょっと憧れるけど、なかなか手が出せない代物だ。


 「匿名でしたが、葵さんって一瞬でわかりましたよ」

 「私ってそんなに字に癖があるかな」

 「......そうですね」


 字で特定できたんじゃなくて、あんたしか中村家に筋肉フェチいないだろ。


 ちなみに書置きの内容は『どうか使ってください』と書いてあった。“どう”じゃなくて、“どう”と書くあたり必死さがすごい伝わってきたわ。


 「またなんでですか?」

 「え、いや、と、父さんが使ってたの物なんだけど、もう使わなさそうだから高橋君にどうかなって」

 「......へぇ、よっぽど使ってなかったんですね。ラベルシールを剥がさずに使うなんて」

 「っ?!」

 「いやぁダンベルを持つところに貼ってあったシールがありましてね。ぜんぜん使ってなさそうだったんで」


 そう、あのダンベルは掴むところに値札シールが貼ってあったのだ。握ったらすぐ剥がれそうなシールなのに綺麗に残っていた。これすなわち、新品ダンベル以外の何物でもない。


 「なんででしょうね?」

 「ご、ごめんなさい....」

 「なぜ謝るんですか」

 「許してください....」

 「いえ、こちらこそ。お礼がしたいくらいですよ」

 「.......。」


 もうちょい頭を使えなかったのだろうか。バイト野郎、葵さんがそこら辺のマッチョにホイホイついていかないか、本当に心配です。


 正直、ダンベルをプレゼントされてありがたいっちゃありがたいけど、鍛えてほしいという下心を感じたので気が引ける。といっても普段使ってるんだけどね。


 俺たちはそんなこんなで話をしながら作業を続けていった。トンネルのようにつながっていたパイプを片付けて、それをある程度の本数を紐で両端を束ね、運びやすくする。


 作業時間は4時間ほどで終わり、時間的にもきりがいいのでパイプなど使ったものを倉庫に片付けて今日の仕事は終わりにする。これらを運ぶために、葵さんが雇い主に電話してトラックで向かいに来てもらう。ガラケーで。


 「が、ガラケー...」

 「っ?! こ、これは違うよ!!」

 「何が違うんですか?」

 「本当は今日はスマホを持って来ようと思ったんだよ! でも、癖でついガラケーこっちを持ってきちゃったの!」

 「それは災難でしたね」

 「絶対信じてないでしょ?!」


 信じてますとも、半分くらい。まぁ、癖と言い張るし、仕方ない。でもスマホ慣れしてない葵さんも可愛いです。結婚してください。


 「さて......よいしょっと。運びやすいように道路側に荷物まとめておきますね」

 「うん、お願い」

 「パイプこれ意外と重いな」

 「......。」


 俺はのちにトラックで迎えに来る際、道路際に置いておけば楽だろうと思い、運んでいく。また次の荷物を取りに戻ろうとすると葵さんが束になっている鉄製パイプを運ぼうとしていた。


 「うんしょっ」


 ちょっ、それ意外と重いんですよ! 体感で最低でも20キログラムはありますから無理しないでくださいよ!!


 俺は嫌な予感でもしたのか、葵さんのいるところまで駆けつける。


 「葵さん! 危ないですよ!!」

 「い、意外といけそうかも...」


 ふらふらじゃねーか。畑はなにも舗装された歩道のようにまっ平じゃない。ちょっとした凹凸だってある。


 そして案の定、足を引っかけて前から転ぶ葵さん。


 「きゃっ!」

 「危なっ―――!!」


 俺は葵さんの進行方向にいたので、前から対面するように葵さんをぎりぎり支えられた。


 「大丈夫です.........かっ?!!」


 俺は中腰になって片手でくっそ重いパイプをキャッチし、もう一方の片手は倒れないように葵さんの胸をしてしまった。


 「「......。」」

 

 「わっわわわわ!!」

 「......。」


 はわざとじゃない。事故だしね。だが次の動作がいけなかった。俺は葵さんと目が合った状態で、


 『もみもみ』

 「んっ!」


 つい魔が差しておっぱいを揉んでしまった。しかも2揉みも。


 これで中村家美人三姉妹、おっぱいコンプリート。バイト野郎、控えめに言ってクズである。ぐへへ。

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