第47話 後悔と安心

 「あのぉ、失礼かもしれませんが、なぜ千沙さんを放っておくのですか? あ、いや、すみません、意外でしたもので。そういうところは厳しい方だと思っていましたし」

 「「「「..................。」」」」


 やべ。これ聞いちゃまずいやつか。そうだよな、バイト野郎がそんな家庭の事情のこと聞いちゃいけないよな。


 「.....私がね、千沙に酷いことをしたからよ」

 「か、母さんは悪くないよ!」

 「ママだって千沙姉のこと思ってしたことでしょ!」

 「.....。」


 え、なに。もしかして始まっちゃうの? ごめんなさい、お願いですから聞かなかったことにするんで、その話の続きやめましょ。


 「だってあれよ? 千沙には外の仕事しなくていいってあんなに言ったのに、ちょっと千沙の生活乱れてたら外に出なさいとか。.....あの子きっと私のこと嫌いになったわぁ」

 「そんなことないよ! 千沙だってわかってるよ!」

 「そ、そうそう! 千沙姉も少し不健康すぎるから反省しないとね!」

 「..............。」


 初めての食事会なのにやめてよぉ。重たい気分で食事はしたくないんだけど。ね? もっと明るい話でもしよ? 今度、何かの仕事の時に話聞くんで、ご馳走様まで笑顔でいよ?


 「いいえ、違うわぁ。私のこと、嫌いにならないようにするにはもっと甘やかせばいいのかしら.....」

 「それ絶対逆効果だから」

 「うん、真面目にちょっとは外に出たほうが良いと思う」

 「....................。」


 つうか雇い主、あんたもなんか言ってよ。なに俺と一緒に黙ってんの? たまには俺の見方して?


 「俺が.....俺がいけないんだ! 機械の修理を千沙に頼みすぎたせいで!!」


 あんたはいつだって俺の敵だよ。


 まーじか、これもう回避できないシチュなん?


 「高橋君はもし.....もし大切な娘がある日突然、熱中症で倒れたらどうするかしら?」

 「え、自分ですか」


 なんでだろうな、陽菜ちゃんといい、なんでこうまで高々4カ月ちょいしか働いんてないバイト野郎に人生相談するんだろ。年下だよ? 娘どころか子供いないし、わかるわけないじゃん。


 あーこう考えると、桃花ちゃんに孕んでもらえばよかった。ぐへへ。


 「え、言っちゃうの母さん。いや、今更だけど」


 ほんと今更。ねぇこれ応えなきゃいけない? テキトーに「わかりませんよ。はは。それよりこの天ぷら美味しいですね? 100点プラてんぷらスしましょう、なんつて」でいいかな。


 「和馬、言葉には気をつけなさいよ? いつもみたいにバカ言ったら箸で刺すから」


 俺の渾身のネタは未然に防がれた。やっぱ駄目っすか。


 「俺も高橋君の意見を聞きたいね」


 あんたも俺に期待のまなざしを向けるなよ。いつも人の期待には裏切るくせに。


 「そ、そうですねぇ」

 「「「「..................。」」」」


 え、えぇーなんていえばいいのかな。このバイトして、今が最大の危機な気がする。


 もう、真由美さんを肯定してればいいよね? でも千沙さんのこと知らないし、もし今見えないところで俺の話聞かれたら、絶対バイト野郎の印象悪くなるよね。


 「ご、ごめんなさいね。無理に聞いて。ほらご飯が冷めちゃうわぁ」


 そう言った真由美さんの顔は本当に困っていた表情であった。.....本当に良いお母さんだなぁ。どっかのバイト野郎の母親と交換したいくらいだ。俺のこと考えずに新しい家庭作ろうとしてたからな。


 「.....自分は親になったことがないので真由美さんのことを本当の意味で理解することはできません」

 「い、いいのよぉ、気にしないで。さ、食事のつづ―――」

 「ですが、似たようなことはありました」


 この話していいのかな。熱中症と比べると些細なことなんだけど。ま、いいや。雇い主の言った通り、夕食の時間長くなそうだな。


 そう言って俺は普段、長袖のツナギ服だからあまり見せたことのない、‟右腕のやけど”をみんなに見せた。今は半袖のTシャツだしな。


 みんながそれを見て戸惑う。ま、見られても別にどうでもいいけど、ちょっと嫌な思い出あるし、ちょうど今回の話と同じなんじゃないだろうか。


 それでは聴いてください、新曲“火傷やけどのことなんやけど”を。なんちゃって。

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