閑話 葵の視点 き、気まずい

 「おっ結構たくさん成っているなぁ」


 今日は晴れ。今、陽菜と高橋君に手伝ってもらって、明日の直売店に売るための野菜を収穫している。


 なすがこの量だもの、1人で採っていては日が暮れる。そんな私を手伝ってくれる2人はというと。


 「き、嫌いよ。あんたみたいなやつ。私のことなんて考えもしないんだから」

 「そ、そうか。はっきり言うのな」


 なんでだろう。仕事をお願いしたのに口喧嘩が始まりそうなんだけど。意味が分からないよぉ。


 「ねぇ?! なんなのさっきから!!」


 急に大声をだす陽菜。キレる陽菜は日頃よく見るけど今日は“ガチ”なやつだ。すごい、久しぶりに見た。


 「び、びっくりするなぁ。急にやめてくんない? 大声出すの」

 「私さっきあんたのこと『嫌い』って言ったわよね?!」


 「う、うん」

 「なんでどんどん話しかけてくるの?!」


 「え、駄目?」

 「駄目よ!!!」


 え、えぇ。陽菜、高橋君のこと嫌いなの? 嘘でしょう。陽菜、貴方いつも夕飯の時、なにかと高橋君の話するじゃない?


 よく「和馬の好物ってなんなのかしらね」とか「あいつ、なんで半日だけなの? もっと朝からうちに来ればいいのに」とかなんか片思いしている女の子で面白かったのに。


 でもそんな陽菜が今、高橋君にブチギレしている。高橋君! 今のうちに謝って!


 「なんで?」

 「なんでって。むしろ普通、『嫌い』って言った人と話しかける?!」

 「普通がどうかはわかんないけど、少なくとも俺はまだ諦めないぞ」

 「あ、諦めない?」

 「おう」


 謝るどころか立ち向かってる高橋君も今日はご乱心だね。


 「『嫌い』って言われて、こっちも『嫌う』理由はないだろ」

 「....そうだけど。距離くらい置くじゃない」

 「それが良いかもしれないが、お前置かないじゃん、距離」

 「え?」


 陽菜が戸惑っている。それでも高橋君は続ける。


 「『嫌い』って言ってるのに、律義に説明してくれたんだろ。陽菜が教えてくれなかったら、俺は知らないままだ」

 「大げさすぎ。それのどこに関係があるのよ」


 「あるだろ? 大ありだ。お前が俺のこと『嫌い』って言うなら『嫌いじゃない』にすればいいだけの話だろ」

 「き、『嫌いじゃない』にする?」


 「ああ。『嫌い』なら無視しろ。距離を置け。陰で悪口言ってろ」

 「そ、そんなこと....」


 「しないんだろ?」

 「..................。」


 .........すごいなぁ、高橋君は。いつも顔色窺ってる私とは大違い。家族だってそれの対象に含まれるのに。


 だから陽菜が怒ってる時も、穏便に済ませようっていつも下手に出ちゃう。それが効率的......いや、正解だと思ってたから。でも彼は、


 「お前はそうしないんだ。いやできないんだよ。優しいから」

 「べ、別に優しくないし」

 「じゃあなんで丁寧に応える?」

 「そ、それは!」

 「俺はお前のそういう優しさにつけ込んで、俺のこと『嫌い』じゃなくしたいんだよ」


 面と向き合って、陽菜と同じ土台に立っている。私にはできない。彼のような“強いところ”は真似できない......。


 「これから付き合い長くなるんだ。今から人間関係ちゃんとしていかなきゃな」

 「っ?! つ、付き合い長くなるってあんた!」

 「? そうだろ。ちなみに前言撤回だ」

 「え?」


 え? あ、仕事の方のね。さすがに二人が付き合ったら、気まずいよ私。


 それに私、男性経験ないし。妹に追い越されたらもう自棄になっちゃいそう。


 あぁ誰かいないのだろうか。私を好きになってくれる人は。も知ってなお、という条件付きだけど。


 “好き”かぁ。


 「俺は陽菜のことが好きだ」


 ..................え?


 「っ?! なっななな何言ってるの!!」

 「面倒がらずに、質問に答えてくれる優しいところ。『嫌い』な相手にも向き合う優しいところ。今日だって部活あるのにサボ....家業を手伝ってくれる優しいところ。聞いたぞ、桃花ちゃんからな、今週普通に部活あるの」


 す、すごい。陽菜の優しいところをここまで恥ずかしみもなく言えるなんて。


 いや、恥ずかしんでないから、正直に言えるのかな。本当にすごいよ、高橋君。


 「ちょっ!! 待って、わかったから!! 私が悪かったから!!」

 「はっ、勘弁したか。他にも好きなところあるが........つまりだな、俺が諦めないから、お前が諦めろ。『嫌いじゃない』になっちゃえよ」


 顔を赤くする陽菜。......ん? これはもしかして、喜んでる?


 陽菜、貴方『好き』って言われて嬉しいの? すっごい顔赤いよ。


 私はつい作業している手を止め、2人の話声を夢中に聞いてしまう。


 「はぁ....わかったわよ。『嫌い』はやめるわ」

 「おっ意外と簡単に折れたな」

 「あんたのせいでね」


 陽菜が折れたっぽい。そうだよね、あんなに情熱的に好意を向けられたら、キュンキュンするよね。私もちょっと言われてみたいかも。


 「そうね? 半端もアレだし.............『好き』にしちゃうわ」


 ...........あ、もしかしてこれ、陽菜? 高橋君に。だってあの顔、それのそれだよ。


 えぇぇぇぇええええええええ!!! どーしよ!! それはちょっと祝わないと!! 赤飯! 母さん、赤飯んんんんん!!!


 「っ?!」


 高橋君も大ダメージくらってるよ! そうだよ、陽菜はすっごい可愛いんだからあんな笑顔向けられて、微動だにしないなんてありえない!!


 「結こ―――」


 あ、今「結婚してください」って言おうとしてた気がする、彼。なんか発音的に私、以前聞いたことあるからわかっちゃう。肝心の陽菜はわかってなさそうけど。


 「な、なんて言ったの?」

 「何でもない!」


 「気になるじゃない! っていうか顔赤いわよ?!」

 「うっさい、夏だからしょうがないんだよ!!」


 「ちょっ、大丈夫なのぉ?」

 「平気、平気!」


 きっと陽菜の恋が叶うよ。可愛いし、優しいし、素直じゃないけど、そこが愛らしいからきっと大丈夫だよ。


 また言い合いをしている、陽菜たちとは裏腹に私は


 「2人が付き合ったら気まずいよぉ」


 私は保身しか考えない最低な姉だった。

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