閑話 葵の視点  筋肉は美学かも

 「何やってるのよ、私ぃー」

 「ど、どうしたんだ? 葵、何かあったの?」


 やらかしてしまったぁ。まさか、高橋君にあんなこと言うなんて。どーしよぉ。


その彼は今、着替えに東の古い家にある部屋を使っている。


 絶対気にしているよね。あの空元気、絶対気にしてる。


 「あ、葵?」

 「父さんは黙って!!」

 「え、あ、はい」


 父さんにまで当たっちゃったよぉ。ごめんなさい。


 別に彼は悪くないし、嫌じゃないけど、さすがにあんなこと急に訊かれたらちょっと返答に困っちゃうよ。


 「私、年上なのにぃ」


 泣きそう。目なんか合わせらんない。


 「葵、悪いけどお給料を彼に渡しといてくれない? ちょっとお父さんとまだ仕事が残ってて、やらないといけないから」

 「............うん、わかった」

 「? よろしくね」


 母さんが私にお給料を渡す。こういう時に限ってなんで彼に近づかなきゃいけないのぉ。


 「はぁ。すぐ渡して帰ってこよう」


 私は彼がいる部屋に向かう。なんでのか、理由を忘れて。


 「高橋君、これお給料ね、はい―――」

 「あ」


 高橋君は着替え途中だった。というか、


 「む、胸板、すごっ?! じゃなくて、なんで裸?! あ、いや、そうだよね、着替えてたんだね! ごめん!!」

 「は、はぁ」


 私は彼の胸板、他の上半身の筋肉にくぎ付けになる。え、こ、こんなに奇麗なの? 肩とかすごっ!


 「....。」

 「...........。」

 

 うっわ、上腕二頭筋も。普段生地の厚い作業着だからなのか、こんなに筋肉ついてるなんて知らなかった。と、特に、腹筋の影がすごい立体感を生んでる。


 「..................。」

 「あっあのぉ」


 思わず見入った私に彼が声をかける。ま、まずい、見過ぎだ。


 「ご、ごめんね?! じゃ、ここに置いとくから!!」


 私は急いで部屋から出る。目が見れないからって、どこ視てるの私.....。


 たまに学校で彼のような筋肉がすごい男子生徒を見るけど、プールとかないし、せいぜい作業着や制服の上からで、あんなにがっつり見たのは高校生になってから初めてだ。


 「はぁ、なに考えてんの私。これじゃ変態だよ。高橋君のこと言えない」

 「はは。それはすみませんね」

 「っ?!」


 なっ?! 考え事してたから、着替え終わった彼が後ろにいるのに気づかなかった。 


 「え、えーっと、さっきはごめんなさい!」

 「いえ、気に入っていただけたのならなによりです」


 すごい筋肉でした。眼福です。触っていいですか? なんて言える訳じゃないけど、彼なら二つ返事でOKしてくれそう。なぜだろう。そんな気がする。


 「ではすみませんが、明日テストですので、失礼します」

 「えっ?! 明日テストなの?!」

 「はい」


 初耳。あ、明日がテストだなんて。今日いいの? こんなことしていて。


 彼が帰ろうとする。テスト勉強で忙しいはずなのに、つい止めてしまった。


 「だ、大丈夫なの?」

 「テストがですか? こう言っては嫌味に聞こえますが、自信があるんで平気ですよ」

 「それならいいんだけど、無理に来なくても大丈夫だからね? 自分を優せ........」


 私は言葉を最後まで言えなかった。「優先してね」なんて、いったいどの口が言えるのだろう。さっきまでそれに悩まされてたのに..........。


 「...ふっ、そんなに心配でしたら、そうですね、証拠として試験結果がきたら、見せますよ葵さんに」

 「い、嫌みかな?」

 「いえいえ。安心させたいだけですよ?」


 高橋君って頭良かったんだ。知らなかった。眼鏡だもんね、それっぽいよ。ごめんなさい。


 「それに、たかがテストごときにバイト休めませんよ。ただ、葵さんは言ってくれればいいんです」

 「え?」


 ん? 何を?


 「........『頑張って』って」

 「..................。」


 それはテストのことなんだろうけど、どうしてものことに当てはめてしまう。


 テストを差し置いて、バイトこっちも『頑張って』なんて言えるはずもないのに。


 なのに彼はそれを望もうとする。でも、今は、今はいいから。だから私は―――。


 「頑張ってね」

 「........はい」


 彼が呆れ顔をする。素直になれない私......本当に嫌いだ。


 「では、お疲れさまでした」

 「うん」


 彼が帰る。甘えられる立場でもなければ、頼っていい資格すらないのに私は少し彼に期待をしてしまう。


 「はぁ。........それにしても筋肉、すごかったなぁ」


 何か開いちゃいけない扉を開きそうな私が、私は本当に嫌いである。

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