第29話 何かあっても何もなくするのは辛い
「....しつこいなぁ。わかんないよ、高橋君には」
「え」
え、い、今、なんて?
いや、俺は聞こえていた。しっかりと。
「あ、いや、ごめんなさ―――」
「いえ、こちらこそ。何も知らずにすみません」
「..................。」
俺は即座に返答する。まだ、葵さんが言いきってないのに。
俺って馬鹿だよな。なに知っているような口で利いてんだ。高々4カ月弱バイトしたごときでさ。ほんっと調子乗りすぎた。
「きょ、今日はきりがいいし、もう終わりにしよ?」
「はい。お疲れさまでした」
「うん、お疲れ」
そりゃあそうだよな。農家の長女の気持ちなんて考えもせず、自分のやりたいことありますか? なんて無理に聞いてさ、そんなの言えるわけないじゃん。一番悩んで、一番辛いのは葵さんなのに。
「その、本当にごめんなさい」
「え? なんのことですか?」
「え、いや、その....」
「ああ、追肥がありましたね。すみません、忘れてました。急いでやってきます」
「そうじゃなくて....えっと.............お願いします」
葵さんが気を遣ってんぞ、バイト野郎。でも無理だ。葵さんが俺と目を合わしてくれない。吐きそう。
どうしてもさっきのことが頭の中で繰り返される。神様! やり直せるならさっきのところからお願いします!
「あんまうまく撒けないなぁ」
俺は米粒みたいな大きさの粒状の肥料をばら撒く。葵さんにさっきのは何も気にしてませんよって、アピールして、誤魔化して。
バカみたいだな、俺。いや馬鹿か。大馬鹿である。あー、しんど。
俺と葵さんは仕事が一通り終わり、中村家に帰ってきた。
「あら? おかえりなさい。やっぱ二人だと早いわね。今日はきりがいいからもう終わりでいいかしら?」
「....はい、お疲れさまでした」
「? ええ、お疲れ様」
帰ったら、中庭に“紐”を片手に持っている真由美さんがいた。紐? なんの仕事かな。
....駄目だ。さっきのショックで何にも興味が湧かない。あー帰りたい。
「ちょっと待ってね? お給料、用意するから」
「....はい」
今日は日曜日だからお給料日である。週払いだからね。普段は達成感と幸福感で胸いっぱいなのだが、今は吐き気しかしない。
駄目だ駄目だ! こんなんでは葵さんに気づかれるぞ! よし、何もなかったかのように振舞うのだ!!
「葵さん汗かいたんで、ちょっと着替えてきます。いくら家が近くてもこのままだと冷えて風邪ひいちゃいますからね。はは」
「あ、うん」
俺はそう言って、東の古い木造建築の部屋を借り、着替えに行った。
「はぁ、葵さん、まじごめんなさい」
誰もいないのに謝罪をする俺。聞かれたら最悪なのに、口にしちゃう。
俺は持ってきたリュックサックの中から、新しい半袖のTシャツを取り出す。
「ん? これ、穴空いてね?」
よく見たら破いたかのような、ちょっとした10円玉くらいの穴が空いていた。なんでだ。
あっそういえば、この前これ着て草むしりしたな。それでなにかに引っかかって穴空いたのかな。....なんで今気づくんだ。洗濯んときにわからなかったのかな。
なんか位置的に背中だけど、今の俺の心情を表すかのような、穴の空き方だな。ぽっかりなところがさ。
「はは」
なんでかな。着たくないなこれ。なんか受け入れたくないというか―――。
「高橋君、これお給料ね、はい―――」
「あ」
そこへバイト野郎のお給料を手にした葵さんが入ってきた。
あ、葵さん。ノックくらいしてください。
「む、胸板、すごっ?! じゃなくて、なんで裸?! あ、いや、そうだよね、着替えてたんだね! ごめん!!」
「は、はぁ」
葵さんが俺の上半身を凝視する。そ、そんなバイト野郎の胸板見て面白い? たしかに、家で筋トレしてるけど............。
「....。」
「...........。」
「..................。」
「あっあのぉ」
「ご、ごめんね?! じゃ、ここに置いとくから!!」
なんか勝手に見られて、急いで出ていったんだけど。.....え、なにこの放置プレイ。
ま、まぁ元気そうだし、いっか。
あんま気にしてないなら大丈夫かな、葵さん。はぁ、筋肉鍛えておいて良かったぁ。
あっ俺、明日テストじゃん!!
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