第28話 傷口に砂糖をぬる
「じゃあ、いないんですね、千沙さん」
「そうなの。一応夏休みに入ったら帰省するらしいよ」
天気は曇り。なんと晴れ男こと、この高橋 和馬、空を曇らすとはなんたる失敗を。なに、雨降ってないだけまだマシと捉えよう。
昨日のトウモロコシ畑での一件以来、葵さんは距離をおくと言ってたくせに、意外と普通でバイト野郎嬉しいですよ。
「千沙さんの行っている農業高校は、葵さんと別なんですよね?」
「うん、県外だね。どうしても機械のこと学びたいらしくて」
「勤勉ですね」
俺と葵さんは現在、トマトの芽かきを行っている。時間があれば追肥も行う予定だ。
芽かきとはトマトの成長に余分な枝を手でとる事を言い、ハサミで切る方が楽なのだが、それだともし菌がハサミに付着した場合、他のトマトにうつってしまうため手で行うらしい。
“追肥”は追加の肥料を作物に与えるたことで、これも良い野菜を作るのに重要な事だ。特に追肥する量とかな。
多すぎても少なすぎてもダメなのだ。そうセクハラのように。
「将来、なにか作りたい物でもあるんですかね」
「詳しくは知らないけど、きっと人々の生活に役立つ物をつくりたいんじゃないかな」
俺を葵さんに知ってもらうためには、セクハラはどうしても欠かせないのだ。
いつかボロ出した時のために。ドン引きされないよう、馴染んで貰わなければ。バイト野郎、セクハラの微調整に本気である。
「ふふ」
「なんですか?」
「千沙のこと、気になるんだなぁって」
「そりゃあ気になりますよ」
美人さん確定だからな。中村家、母はあの美貌。長女はめちゃ巨乳美女。末っ子はあの可愛らしい絶世の美少女。疑う余地もありませぬ。
「でもあまり会う機会なさそう」
「え、なんでですか?」
「いやぁ千沙、ひきこもりだし」
なんと、千沙さんはひきこもり娘らしい。なんてこった、一緒に仕事するの楽しみにしていたのに。
「なにか持病など?」
「いや、やりたいことがあってそれに没頭したいらしい」
そうか、インドア派なんだな。やりたいこととは何だろうか。バイト野郎、とても気になる。
「仕事はこっちでなんとかなるし。千沙も陽菜みたいに、家業か自分のしたいことかの2択で迷ってたらしいんだよね」
「それで、自分のしたいことを選んだんですね」
「うん。たしか中学生になってからかな、外で仕事することが苦手らしくて、渋々で手伝ってくれるから、申し訳なくて......」
渋々とか、どんだけ嫌なんだよ。そうだよな、別に農家に生まれたから将来継ぎなさいなんて強要できないよな。そうしない辺り、本当に中村家の両親は優しい。
でもその話を聞くと、葵さんはどうなんだろ。なんか長女だから手伝っているという責任感からなのか、良い人すぎる気がする。
「なにか将来やりたいこと無いんですか?」
「え、私?」
「はい、葵さんは二人のように選ばないんですか?」
「えーっと、家業かな?」
「それは本心ですか?」
「..................うん」
なに今の間。もしかして他にやりたいことがあるのかな?
「..............。」
「いや本当だよ!」
「我慢してる感じがします」
「そ、そんなことないよ。このお仕事好きだし」
バイト野郎は依然、葵さんの趣味がばりばりインドア派だったことを思い出す。無理してるんじゃないだろうか。
「本当ですか?」
「....しつこいなぁ。わかんないよ、高橋君には」
「え」
え、は? い、今、なんて?
俺は寒気を感じた。夏で暑いのに、葵さんの言ったことが葵さんが普段言わないような言葉だと思って、何言ってるかわからなかった。
俺が後悔するのにそんな時間はかからなかった。
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