運命的な犯人

明鏡 をぼろ

第1話


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 相当遅刻してしまった。もうすでに講義は始まっているだろう。あぁ、折角特別な講義が聞けるというのに。仕方がない、これも運命とみて、とりあえず今は急ぐことを優先しよう。走るなんて何年ぶりだろうか。


 何を思っているんだ僕は、つい昨日も走ったばかりじゃないか。最近どうも頭が上手く働かない。やはり徹夜明けの勉強に体がこたえているのだ。今日はできる限り勉強は控えて、大学が終わったら家でゆっくり休むとしよう。

 そう思いながらも現在進行形で自分の体に負荷をかけて走っているのだが。


 そうこう無駄なことを考えているうちに大学に着いた。

 階段を一段飛ばしで駆け上がっていくが、座っていたわけでもないのに立ちくらみのような感じがする。やはり疲れているのだろう。学士の体に徹夜は禁物ということなのか。

しかしただでさえ三十分以上講義に遅れているのだ。後れを取らないためにも、これからの講義は絶対に聞き逃すわけにはいかない。

 扉を開けると、ほとんど全員の学生が振り返り僕のことを見た。

「やっと来たか、琉る布ふ頼夫よりお君。さぁ、講義を始めようじゃないか」


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 「元来私はいわゆる錬金術やタロット、ルーン、そういうものにどちらかといえば、興味がある方で、子供のころから大学まで、いや今も変わっていないのだが、趣味程度には楽しんでいるような人間だ。よって私にはそちらの方面においてかなり潤沢な知識があり、この業界の中でもその水準はおそらく、いや間違いなくトップクラスといってもいいだろう。それ系についての論文や投書についてはなかなかの評価を受けているし、名もそこそこ知れ渡っている。私自身が名誉や金銭などという無意味なもののために努力をしたわけでは全くないが、これは一つの私の指標になるであろうため、勘違いされないよう、念のため記しておく。さてここで早いうちに言っておかなければならない事があるのだが、一つだけ誤解を防ぐために私が定義しておきたいのは、決して私はいわゆるSCPなどの明らかに創作されたものについては興味がなく、いや、むしろそういう非現実的な創作物に対しては否定的立場をとっていると言っててもいい。このまま一種の詐欺ともいえる近代的オカルト・寓話についての論を述べてもいいのだが、残念ながらこれから始まるストーリーには微塵も関係しないようなのでここらへんでやめておきたいと思う。さて、生徒諸君には今の文脈から察するに私はどこかの大学の教授あるいは有名某月刊誌の編集者に思えたかもしれないが、残念ながら外れである。私の本職は探偵であり、いや、まさかこのご時世に本気でそんな職業をしているのかと思われる方も多いと思うが、これが私にとっては素晴らしい職業なのである。なんせ捜索や尋問、聞き取りなどは私の最も得意とするところで、流石にあのシャーロック・ホームズほどの観察眼は持ち合わせてはいないが、それでも私の依頼の完遂率、顧客からの満足度は高く時には某秘密結社や米国の某防諜部隊から声がかかることもあったが、残念ながら私は現代特有の「群れる」という考え方を嫌うため丁重にお断りしたのだがね。なんせ私のやり方はトップシークレット中のトップシークレットであり、誰にも見せるわけにはいかないからだ。


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さてさて本題に入るとしよう。ここからは諸君にストーリーに入りやすくなってもらうため、私と同じ目線で話を聞いてもらう。共感しかねる場面も多いと思うが、さほど多くはなかろう。なんせ私の生活レヴェルは中の上だからね。もし異論があっても数学の公式のようにぐっと飲み込むこと。いいね?


あれは夏と言われれば暦の上では夏だが、体感的には確実に夏ではないという、なんとも珍しい日の出来事であった。一件の依頼が来たのだ。簡単に外枠だけ説明しよう。


依頼者 とある女性(独身)

依頼内容 時々訪問してくる人々日についての調査

報酬 以来の完遂度によるが35~50


 妙に抽象的であったり具体的だったりする箇所が多々見られるがそれは勘弁してほしい。もちろん生徒諸君には最善の努力を持ってこの事件を理解してほしいのだが、それと同時に私は依頼者のプライバシーには最善の注意をしなければならない。よって、此処では彼女のプライバシーに重きを置いて説明していくことにする。要所要所の気になった点については君たちの想像に任せる。なに、説明が必要な点はしっかりと説明するから安心したまえ。おっと、言い忘れていたが、学生諸君は前もって知っているだろうが君たちにはこの事件について集中して考えてほしいため60分×5コマとなっていて、話自体は今日一日で終わるようになっている。まぁ聞くタイプの推理小説だと思ってくれればいい。なんせここにはこの大学の生徒以外にも一般人、一般人ではあるが一般人ではないような、ちょっと特殊な人達も参加しているんだ。この事件は知る人ぞ知る難事件で、この事件に対して解を述べるのは私が初めてなんだよ。この事件の回答については最後には全て述べるつもりだが、この講義で君たちに求めるのは、私が答えを言ってしまう前に君たちが、自らの頭の中で、推理し答えを導くことだ。勿論メモをとっていいし録音してもいい。使える君たちの技能全てを使いたまえ。それと、流石にがこんなことはやらないと思うが、答えがわかってもネタバレはしない事。あらかじめ言っておくが推理というのは目の前には既に無いこと、起きたのではないのかという仮想のことについて、結果から想像し徐々に組み立てていくことだ。例えるなら、穴あきの英語の長文があって、でもそれは本来穴の開いているところしか英語が埋まっておらず、逆に本来なら最初に与えられているであろう大部分が空いてい問題のようなものなのだ。分かるかな、つまり穴あきになっているところと最初から与えられている英文のところが逆になっているんだ。そしてわかっている部分も英単語が数個ほどしかない。ここから残りの長文を割り出すなんてのは神の領域に近いよ。よく推理はジグソーパズルのようだといわれるが、あの考えは完全にそうだとは言い切れない。なんせジグソーパズルは完成すれば勿論答えがわかるが、推理の世界では解答書なんてないし、それを教えてくれる全知全能の神も存在しないからね。私の場合は別だが。

まぁそれはいいとして、今回の推理は後者のパターン、つまり今だにこの推理の答えがわかっていない。勿論これ以上ないと言い切れるほどまでに私はこの推理を極めたつもりだ。「つもり」という言葉は良く日本人の婉曲表現として使われ確かにそのようなミーニングを持つが、今回はできるだけそれに近いもの、数学でいえばlogに近いようなニュアンスでとらえてほしい。まぁ私の持つ答えが正解と考えて間違いないだろうということだよ。何故こんなに自信を持って言えるかは、この講義が終わるころにはわかるだろう。さて、早いものだがそろそろ一コマ目が終わってしまう。スタートが遅れるくらいのことは想定内さ、さぁ、十分休憩だ。友と話すもよし、一人で考えるもよし。ネットで検索するもよしと言ってやりたいが、残念ながらこの事件はそもそも大っぴらにされていない。事件に関する情報は私の口から出てくるものが全てだ。考え始めたまえ。充てられたとことで特に褒美はないが、なんせ多くの探偵やその手の人が頭を悩まし解けなかった事件だ。もし回答を導けたのなら胸を張っていいだろう」


 そういってその探偵は教室を去って行った。質問は禁止らしい。

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