白塗り仮面(その3)

三日後は都座だった。

亥の刻ごろ、夜回りが堺町の都座の前を通ったとき、何かにけつまずいて転びそうになった。

「こんなところに、酔っ払いが寝っ転がりやがって・・・」

と提灯をかざすと、褌もない素っ裸の男が仰向けに転がっていた・・・。

夜回りはあわてて、自身番からひとを呼んで、ともかく番屋まで死体を運び込んだ。

―翌朝、夜明けとともにやって来た岡埜同心は、素っ裸の若い男の死体を見て、

「木挽町と同じじゃねえか・・・」

と半ばあきれ、溜息をついた。

褌もつけない素っ裸の若い男の顔は白塗りだが、こちらは都座で上演されている「花菖蒲文禄曽我」の藤川水右衛門を演じる坂田半五郎をなぞった白塗り化粧だった。

胸に止められた役者絵も、写楽が描いた藤川水右衛門の大首絵だった。

開演前の都座に役者がそろったところを見計らって、座頭に案内させ、岡埜は楽屋をたずねて回った。

主演級の人気役者をはじめ、大部屋の稲荷町も、大道具方も、座の若い衆も全員そろっていた。

昨夜小屋の前で死んでいた若い男の正体を、だれひとり知ってはいなかった。

ためしに、座頭に番屋まで足を運んでもらったが、

「見たことのない顔です。稲荷町とか役者見習いの若い衆ですらない」

と首を振るだけだった。

―浮多郎は、岡埜が朝酒朝飯を喰らう三ノ輪の蕎麦処・吉田屋に呼び出された。

岡埜が、三ノ輪くんだりまでやって来るのは、何もかもお手上げで、やる気が失せたときと決まっている。

おかめ顔の女将に酌をさせ、憮然とした面持ちで岡埜は酒を呑んでいた。

「身元が分からんというのは、どうしたことだ?」

岡埜は、別に浮多郎にたずねてはいない。

・・・これは、じぶんに向かって謎かけをする岡埜の口癖だった。

「河原崎座のほうの殺しは、どうも楽屋頭も大道具方の頭も、殺されたやつの顔だけは知っているような気がします。大部屋の稲荷町のひとりの吉太郎という若いやつが、『座の前で死んでいたからって、座に縁のある者と見立てるのはおかしい。ほかで殺して運んできたのだろう』と喰ってかかりました。・・・なるほど、一理はあります」

浮多郎がそういうと、

「馬鹿野郎!目明しが、トウシロの見立てにうなずいてどうする」

酒が入ると、とたんに岡埜は、馬鹿野郎を連発して、ことばが荒くなる。

「河原崎座のほうの検死を昨日聞いた。やはり前夜の真夜中ぐらいに殺された。ケツとか肩に引きずったあとはない。刺青はない。手とか指に仕事タコはないので、職人ではない。肛門がただれていたので、衆道好みだな。いい男は女に飽きるとそっちへ走る」

岡埜は浮多郎に向かってニヤリと笑った。

あわてた浮多郎が目の前で手を振ると、

「気になったので、今日の都座のやつも裏返して肛門を調べた。やはりイチジクみたいにじくじくしていたな・・・」

と、岡埜は真顔でいった。

「だれも行方知れずの届け出をしていないということは、家族のいないひとり暮らしか、定職についていない風来坊か・・・。池の端あたりの陰間茶屋を当たってみましょうか?」

浮多郎がお伺いを立てると、岡埜はそれにはとりあわず、得意の謎かけを口にした。

「河原崎座、都座とくると、江戸に三つある控え櫓の残りは・・・」

その答えを浮多郎がいうと、岡埜は不機嫌になるので黙っていると、

「桐座!・・・次は、桐座の前にチンコ丸出しの白塗り仮面の死体が転がる。奉行所総出で張るんだ!」

のけぞる吉田屋の女将を尻目に、大まじめな岡埜は雄叫びをあげた。

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