白塗り仮面(その2)
銀座の番屋に白塗り仮面の死体を運び込み、奉行所の検死の役人と検分をした岡埜は、ここでも首をひねるばかりだった。
首に環状の紫の斑点があったので、細い紐か何かで絞め殺したのは、すぐ分かった。
鬼次の江戸兵衛ふうに作った顔の白塗りを落とすと、若い男の細面の顔が現れた。
首を絞めて殺したあとに、心ノ臓に小柄を突き立てたのだろうか、江戸兵衛の大首絵は少しも血で汚れていなかった。
からだは、ぜい肉のない、よく引き締まった若者のそれだった。
河原崎座の楽屋頭を呼んで、面通しをすると、
「はて、見覚えがあるような、ないような。・・・すくなくとも、うちの役者ではありません」
と、口ごもる。
「はて、どこかで見たような気がするが。・・・でも、うちの役者ではありませんな」
すぐに呼び寄せた大道具方の頭も同じようなことをいった。
これで、殺されたのは河原崎座の役者ではないことだけは分かった。
どこで殺して、どこで裸にして、どこで白塗りにしたのか?
「からだの固まり具合と温かさから見ると、おそらく真夜中ぐらいに死んだのではないかな。奉行所に運んで、医者とよく調べてみないと確かなことは分からんが・・・」と、検死の役人は岡埜に向かっていった。
どこで殺して、どこで裸にして、どこで白塗りにしたのか?
・・・この死体は、何も語ろうとしない。
―河原崎座の「恋女房染分手綱」の公演がはねたあと、浮多郎はすぐに大道具方の頭の陣五郎をたずねた。
「親方は、楽屋頭と同じように、『見たことはあるような気がするが、うちの役者ではない』とおっしゃっていたようですが、・・・では、役者ではないだれかに見憶えがあるということですかい?」
眉を寄せた陣五郎は、浮多郎を煙たそうに見つめたが、
「・・・いや、そういうことではなく、芝居小屋の外のどこか、たとえば居酒屋で見かけたかもしれない、といった意味でいったつもりだが」
あわてて否定した。
「小屋の外ではなく、小屋の中でではどうですか。たとえば、客席とか。あるいは、楽屋をたずねてきた客とか?」
「われわれは、そこは見てはいない。裏方なので・・・」
どこか上の空の陣五郎は、「後片付けで忙しいので」と、浮多郎を追い出しにかかった。
それではと、浮多郎は舞台裏手の楽屋に入り込んだ。
・・・大立て者の大半は、すでに化粧を落として湯屋へ向かっていた。
付き人を兼ねる、稲荷町と呼ばれる最下級の役者たちは、大部屋でひと息入れていた。
「おうかがいします。早朝に、小屋の真ん前で真っ裸で白塗りした若い男が殺されて転がっていましたが、この男の身元にこころ当たりのあるお方はおられませんか?」
浮多郎がそう呼びかけると、六人ほどの稲荷町は、いっせいにこちらを向いた。
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