第31話 二桁魔法と森の主
「ひやああああああっ」
現れたトレントの巨体に、空を
「トレント.......」
リアナがそう呟いてその巨体を見上げる。
俺も、高いビルを見上げるようにして首を仰向けた。
教科書で名前や形ぐらいは知っていたが、まさかこんなに大きいとは思わなかった。
足がすくんでしまって、なかなか前に進むことが出来ない、というか、
「逃げた方がいい、かな?」
呆然と立ち竦んでいるリアナに声をかける。
だが、その返答を聞くより先に、別の声が耳に響いてきた。
「ひゃ、いゃっ、助けてっ!」
少女が、トレントの長い剥き出しの根のひとつにその足を巻かれて、身動きが取れなくなっていたのだ。
その姿を振り返って、しばし静止してしまうリアナと俺。
しかし次の瞬間、リアナは泣き出さんばかりの大声を上げて、俺に命じた。
「ノエリア先生! 逃げるなんて馬鹿な事言ってないで、助けるわよっ! いいわね?」
俺はその言葉に、ただ小さく頷いて答えた。
トレントは時折大地を震わすような咆哮を上げながら、根や枝の何本かを触手のように使って俺たちを捕らえようとしてくる。
俺たちはそれを
地面を蹴って飛び上がり、捕らわれた少女の方に目をやると、心なしかだんだんと弱ってきているように見えた。
「あの女の子、大丈夫かな?」
俺と同じく、身を踊らせてなんとか触手を避けているリアナは、
「魔力を吸われてるんじゃないかしら? たしか、トレントの特性にそんなのがあったわよね」
と答えを返す。確かにそういえば、教科書にそんなことが書いてあった気がする。
「なら、早く助けないと」
俺はそう言いながら、周囲に立つ木のひとつを蹴ってなんとか触手を避けて、体を反転させる。
一瞬その触手が、俺の体を追って空回りしたのを見計らい、すぐさま意識を集中させた。
「『wind blow:ω; do whirlwind;』」
魔力値24、その旋風が敵の周囲を渦巻くが、トレントはまるで気にした様子も見せない。これでは効果がない、か。
「ノエリア、もっと強いの出せないの?」
リアナは俺の魔法が効かないのを見て叫ぶ。相当に余裕がないのか、リアナが呼び捨てになった。
仕方ない、こうなったら。
「『wind blow:αω; do whirlwind;』」
二桁魔法、魔力値は48。アレシアさんにその存在を教えてもらってから何度か練習はしていたが、実戦で使うのはもちろん初めてだ。
確かに魔力値24のωの魔法の時よりも格段に威力は強い。だがその分、段違いに扱いづらい。当たり前のように、魔力は全く減ってはいないが。
実際、俺の放った旋風はトレントの身体を裂くように吹き付けたかと思うと、すぐに軌道を失って霧散してしまった。暴風の残滓にふわりと舞うワンピースのスカートを手で軽く抑えながら地面に着地する。
だが、いくらこうやって風をぶつけ続けったところで、それは焼け石に水という物だろう。暴風は時に強烈な物理攻撃となるが、それが有効なのは、せいぜい空を飛ぶ鳥か、地上を駆ける獣程度に限られてしまう。
地面に固く根を下ろした巨木には、せいぜい空気の摩擦によるかすり傷程度のダメージしか与えることはできまい。
「リアナ、火魔法は?」
トレントは木の魔法生物。結局のところ可燃物なのだ。これに対して有効なのは、風魔法よりも火魔法だろう。
リアナもそれを察したのか、目で軽く頷いて詠唱に移る。
「『fire burn:ζ;do ignite;』」
魔力値6、最も簡単な火魔法だが、その年齢を考えれば扱えるだけで十分というべきだろう。無機魔法は自然魔法よりも扱いが難しい。
トレントが伸ばしていた触手の一つに火が付き、その先から燃え始めた。
それに驚いたのか、巨木は一瞬その動きを止め、燃えた触手を地面へと叩きつけた。
魔法の炎は、その衝撃で儚くも消え去る。
そしてトレントはまた少し動きを止めると、焼け焦げた触手の先をぼんやりと光らせて、その部分を見る見るうちに修復していってしまった。
「なんで……」
トレントの性質。森を従えて生きる魔法生物。成体になるには数年かかり、幼体の間に駆除してしまえば害となることはない。他の生き物から魔力を奪ったり、森や周辺の地中から魔力を吸ったりするほか、光合成によって魔力の元になるエネルギーを自ら生産することもできる。そして、そのエネルギーによって自らの身体を修復することも可能。
教科書から丸暗記をしていたトレントにまつわる基本知識が、いまさらのように脳内に流れてくる。
くそっ、なんでもっと早く思い出さなかったんだ。
俺は自分の学びの甘さを痛感した。丸暗記なんて馬鹿なことをせず、一つずつ確実に頭に入れて行っていれば、こんな馬鹿な事態を招くことはなかったはずだ。
いまさら後悔しても仕方ない。俺はこちらを真っ直ぐ見下ろす巨木を真っ直ぐ睨み返す。
地を這って俺を襲おうとする触手を、身を翻してかわし、覚えかけの詠唱と共に俺は反撃に転じた。
「『wind blow:ω; do
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