第28話 村長は代理人

街道沿い、村の入り口のあたりで俺とリアナは馬車を下りた。


「じゃあな、嬢ちゃん。用事が終わったらここへ戻ってきてくれよ」

そういってセサルは街道を再び走り去っていく。なかなかに忙しい男だ。


「それで、村長はどこなのかしら?」

「さあ。とりあえず、村の人に聞いてみよう」


俺は、畑道を歩き、民家の立っている方へと向かう。

今日の服装は水色のワンピースである。正直もっと動きやすい服装のほうがよかったのだが、こればかりは仕方ない。ゴスロリやミニスカートよりは幾分マシというものだ。


「あの、すみません」


俺は、民家の前で腕組みをして難しい顔を浮かべている若い男に声をかけた。


「……ん、なんだ、嬢ちゃんたち。見ねえ顔だな」


男はその苛立ったような表情を崩そうともせず俺とリアナに相対する。かなり気が立っているものとみえた。それも仕方ない状況ではあるのだが。


そこでリアナは俺を下がらせ、自分が一歩前に出て簡単に頭を下げる。

育ちの良さを感じさせる、丁寧でありながら卑しさの無い礼だ。


「こんにちは。私、アーネスト・シャーロック市長の娘、リアナ・シャーロックですわ」

「かてい……付き添いのノエリアです」


不機嫌そうに唇を曲げたまま俺たちの自己紹介を聞き、ようやくその内容を飲み込んだらしい青年が、突然素っ頓狂な声を上げる。


「市長の娘が何の…………って、はっ? アーネスト市長の娘? なんで市長の娘さんがこんなところにいるんだ?」

訝しげな表情の少年に、若干高圧的な笑いを向けて、リアナが答える。


「それはもちろん、この村で起こっている問題の調査をするためですわ。村長さんのところに案内してくださいますか?」

「え、あ、は、はい! も、もちろんです」


繕ったような丁寧語を並べた青年は、俺とリアナを市長のところまで案内してくれた。

人見知りとはいっても、こういった社交には慣れているようだ。

もっとも相手が男だったからか、リアナもリアナで不機嫌そうに、かなり距離を取って話していたようではあったが。




「ここです、村長の家は」

青年が言いながら、一軒の木造民家を指さす。


大きさは、同じ村のほかの民家ともあまり差はないようだ。

青年は村長を呼んでくると言って、民家の中へと足を踏み入れる。


「村長さんって、どんな人なのかな? リアナは会ったことある?」


「ないわ。けど確か、ここの村の村長は、かなり高齢だって聞いたことがあるけれど」

そうしているうちに、家の中から一人の男性が現れた。後ろにさっきの青年がいるので、おそらくこの人が村長なのだろうが……。


「高齢……?」

思わずつぶやいてしまった俺の方にちらりと視線を向けて、リアナは、おかしいわね、とでも言いたげな表情を浮かべる。現れた男性は、おそらく市長とほとんど同じ年代か、少し年上と言ったところ。高齢という表現が当てはまる年代とは思えない。


一方その男性は、俺たち二人の姿を見つけ、軽く会釈をしながら近づいてくる。

「わざわざご足労ありがとうございます。アーネスト市長の御令嬢ですよね?」


リアナはその言葉に軽く頷いて、逆に問い返した。

「あなたが、チャロス村の村長さん、で、いいのかしら?」


すると男は顔の前で大げさに手を振った。


「いえいえ、村長は父ですよ。といっても、数年前に父が病気で体を悪くして以来は、村の仕事のほとんどは自分が代わりにしていますけどね……。まあ、立ち話もなんですから、どうぞ上がって行ってください、狭い家ですけど」




「それで、今日はどういったお話で?」


テーブルの向かいに座った村長の息子、ロイルさんは年端も行かない女の子に対するには少し丁寧すぎるような口調で尋ねた。


「他でもありませんわ。この村で今起きている問題についてです」

「この村で、というと何でしょう、凶作の件でしょうか?」

「ええ、もちろん。原因はもう分かっているのかしら?」


ロイルは恥ずかし気に頭を掻き、苦笑いを浮かべる。


「いや、もうさっぱりで。ですがまあ、村民たちの食料は、備蓄食料で十分補えてはいますから」

今のところ問題はない、とでも言いたげな口調に、リアナは少し呆れたような表情を浮かべる。


「備蓄食料は、確か半年分しかないはずですよね? 原因を特定せずに放置して、もしまた次に栽培する作物も同じように枯れてしまったら、どうするつもりでいらっしゃって?」


そう。備蓄食料はあくまでその場しのぎ、時間稼ぎの手段でしかない。その稼いだ時間の間に、今後の食糧をどうするか考え、対策を立てることが重要なのだ。


今回の作物の枯死が偶然だったならばともかく、何か原因があるのならば、それを取り除かなければまた同じことが起きるのみである。そうなればその時は今度こそ、村民たちが飢え苦しむことになるだろう。


リアナがロイルに諭すように言う。いい年したおじさんが少女に諭されている光景というのは、見ていてちょっとシュールだ。


「対策ですか。しかし、具体的には何をすれば?」

「それくらい、自分で考えるべきじゃないかしら」


大人でしょう、と言わんばかりのリアナの取り付く島もない返答に、「ええ……」みたいな表情を浮かべるロイル。


「もう少しすれば、市役所の方から正式に調査員が派遣されるはずですので」

少し不憫になった俺が助け舟を出すと、ロイルは表情をころりと変えた。


「本当ですか、助かります!」

駄目だ、この人典型的な他人任せの人間だな、と俺は心の中でつぶやいていた。

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