第24話 農村の異変

俺とリアナは再びセサルと合流し、馬車に乗り込んでヨルム市に別れを告げた。

既に時間は午後4時を過ぎている。アーネスト市長の屋敷に戻ったころには、夕食の時間になっていることだろう。


「相当な量の荷物だな。買い物は楽しかったか?」

御者台に座るセサルが、俺のパンパンに膨らんだ鞄を見て言った。


「うん、まあ、この鞄に入ってるのはほとんど食べ物ばかりなんだけどね」

「食料か。また盗賊鷲に襲われないようにしないとな」


言われて俺は、あの巨鳥の姿を思い出す。あんなのが、きっとこの世界にはたくさんいるのだろう。


そう思うと、少し怖いような気がする。今朝上手くいったのは、本当に偶然でしかない。一歩間違えれば、命を奪われていたとしても、何の不思議もないような状況だった。


「そうだね、気を付けないと」




馬車は間もなく街を抜け、街道が一本通っているだけの茫漠とした草原を駆けていく。

既にリアナは客車の後方で、座った姿勢のまま眠ってしまっていた。


次にリアナに授業をする範囲を確認していた俺も、馬車が刻む心地よいリズムの揺れに、だんだんと眠気を感じ始める。


やがて市の境を越え、小さな村に入ったところで、少し眠ってしまおうかと思い首を傾けた、ちょうどその時だった。


「ん……?」

ふと馬車の外を向いた俺の視界に、妙な光景が飛び込んできた。

街道沿いの小さな農村である。


その存在自体は、何も不思議なことではない。

問題なのは、村一帯に広がる畑、その畑で育てられているのであろう作物が、遠目でもわかるほどに弱り果て、枯れてしまっているということだった。

それも、一部の畑だけではなく、目に入ってくる畑、その全てが同じような状況に陥ってしまっていた。


「どうしたんだ、嬢ちゃん」

眉を顰めて外を見る俺の様子に、声をかけてきたセサル。俺はそれに、馬車の外の風景を指さして応じた。


「……ん、妙だな。確か、ここらの野菜の収穫は花月だろ?、今が芽月だから、来月のはずだ。今頃は、青葉が生い茂っていていい頃のはずなんだが」

「今朝もこんなだったかな?」


俺は記憶を引っ張り出そうと試みるが、どうにも思い出せない。

「分からない。そもそも、今朝はこの道を通っていないからな。もう暗くなっているから、多少遠回りでも人気のある道を選んでるんだよ」

「あ、そうなんだ」


どうりで、朝よりも時間が長く感じると思った。

そのあたりは、貴族令嬢であるリアナの安全に配慮しての事だろう。


そう言いながらも馬車の外に視線を向け続ける俺を見て、セサルが、

「どうする、嬢ちゃん。気になるなら、村の人にでも話を聞いていくか?」

と問いかける。いつの間にか、馬車の速度はかなり緩くなっていた。


「いや、大丈夫。いいよ」

俺は村から視線を外し、顔を下に向けて眠っている、リアナの方を向いて答えた。


「早く帰った方がいいでしょ。お腹空いたし、ここにはまた今度来るよ」

「そうか。わかった」

そう言って笑い、セサルは、馬車を引く馬に声をかけ、帰途を急がせた。




アーネスト市長の屋敷へとようやく帰り着き、俺はセサルに礼を言って馬車を下りた。


寝起きで目を擦るリアナを連れて屋敷に入ると、既に食堂では夕食の用意ができていた。

葉野菜のスープに、豚肉とチーズを炒めたもの、ライ麦パンとジャガイモのサラダ、というメニューだ。


決して高級ではないが、温かみのあるその料理で、今日一日の疲れを癒す。


「アレシアさんは、何か言っていたかい?」

アーネスト市長が、リアナに尋ねる。


「そうね、食べ過ぎに気を付けろ、とか、言ってたかしら」

「食べすぎか……」


何日か夕食を共にして分かったことだが、アーネスト市長はそれなりによく食べる方らしい。大食いという程ではないのかもしれないが、元の世界の俺でも食べきれていたかどうか微妙な量(つまり、今の俺の身体では確実に食べられない量)の料理をぺろりと平らげてしまっていた。


「あと、ノエリア先生の事、凄く気に入っていたみたいよ」

「そうか、それはよかった」

アーネスト市長は柔和な笑みを浮かべ、


「どうだったかな、ノエリア君は。アレシアさんに会って」

と、今度は俺の方に水を向けてくる。


「そうですね……すごく、変わった方、でしたね」

かなり言葉を選んで答えた俺に、アーネスト市長は、そうかい、と微苦笑を浮かべた。


「けれど、とても魔法の事をよく知っていて、面白い方でしたよ」

「そうだね、まあ、確かにもの好きではあるが、案外頼りになる人だから、よろしくしてやって欲しい」

俺はその言葉に、はい、と大きく頷いて答えた。




夕食後、俺は居間で、文字がびっしりと書かれた資料のようなものを読んでいたアーネスト市長を見つけ、

「少し、よろしいですか」

と、声をかけた。


もちろん、今日の帰りに見た、畑の枯れてしまった村の事を市長に報告するためである。

俺は馬車から見たその村の様子を、かいつまんで説明した。


黙って俺の話を聞いていた市長は、いつにもまして真面目な表情を浮かべ、顔を上げた。

「…………そうか。街道に面しているという事は、多分チャロス村だ。ここからも、そこまで遠い場所じゃない。だが、そんな話は初耳だな。分かった、報告してくれてありがとう。今は別件で立て込んでいるから、すぐに役人を派遣するということはできないが、できる限り早く対応するよ」


そう言ってアーネスト市長は苦い顔を浮かべる。

ふと、市長がさっき読んでいた紙に目をやると、それは資料では無くてスケジュールの表だった。


明日から一週間後まで、ちょっと無理があるんじゃないかというような予定や仕事の内容が書きこまれている。


「では、わたしが、休みの日にでも向かいましょうか?」

「いいや、そこまで君がする必要はないよ。これはあくまで市の問題だ」

「市の問題なら、市民であるわたしにも、関係はありますよ。それに、ことは一刻を争う問題かもしれません」


そう言うと、アーネスト市長は少し悩むような表情をのぞかせた。

市が対応に手間取っている間に、村民が飢え死にしてしまう可能性だってある。

冗長なことを言ってはいられないということは、アーネスト市長も当然理解していた。


「今日のお小遣いの分、働かせてください」

「……………わかった」

根負けしたように頷く市長。


「ただし、決して無理な真似はしないことだ。セサルの馬車で村を訪ねて、村長に何が起こっているのかを聞く。君がするのは、それだけでいい」

「はい、わかりました!」


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