第10話 魔法の練習

「そして魔法の詠唱文には、まず初めに必ず、ステートメント、つまり宣言部せんげんぶという部分がございます。この部分は、かのラル王が定めて今まで伝わっていると言われています」

「宣言部って、何を宣言するの?」


リアナの質問に、セラフィはよくぞ聞いてくれたと満足そうな表情を浮かべた。


「『これから魔法を使います』ってことを、ですよ」

「どういうこと?」

「魔法を使う合図を決めておかないと、意図せずに魔法が発動してしまう危険がある、ってことですね」


昨日リアナと話したときにも考えたことだ。無制限に発動する魔法と言うのは危険に過ぎる。


「そういうことです。さすがノエリア先生!」


セラフィは喜色満面きしょくまんめんで俺の頭を無造作むぞうさでる。気持ちいいが、非常に恥ずかしいのでやめていただきたい。


「先生のおっしゃるとおり、魔法を発動させるのは思考、考えるというただそれだけのことです。だから、きちんと発動時のルールを決めておかないと危険、というわけになるのです。それともう一つ、宣言文には、使う魔法の属性ぞくせいを指定するという意味もありますよ。さっきお見せした魔法だと、『water flow』で、これは水魔法の宣言文になりますね」


意味合いとしては、水が流れる、とかそんなところだろうか。そうなると、他の属性もそれぞれ二単語で構成されているのだろう。


そう思考をめぐらす俺のとなりで、リアナはひたすら「うぉーたーふろー」と、セラフィの言葉を繰り返していた。


「宣言文の次は、魔力値の詠唱です。さっきお見せした魔法の『water flow:α; do emerge;』でいうと、αアルファの部分ですね」

「あるふぁ?」


リアナがオウム返しに発音する。多分、ギリシャ文字のアルファの事だろう。


「αは、古代数字の一種です。ノエリア先生はご存知でしたか?」

「えっと、βベータγガンマδデルタ、でしたっけ?」


文字ではなく数字扱いなのか、そう思いながら俺は答える。

すると、セラフィが再び俺を抱き寄せて頭をで始めた。この人、絶対楽しくなってきてるな?

というか、この身長差で抱きつかれると、顔に、その、胸が......。


俺がなんとか腕を振り払ってリアナの隣に戻ると、セラフィは何事も無かったかのように微笑ほほえむ。一方のリアナは不満げな表情を浮かべていた。


「何か、私だけ仲間外れな気がするわ」

不貞腐ふてくされたようにくちびるとがらせるリアナ。それをみてセラフィが

「それなら、リアナ様もノエリア先生の頭を撫でてみては?」


とけしかけた。

いや、そこはあなたがリアナを撫でるところでしょうが!


「ノエリア先生、いい、かしら?」


リアナが俺の方に、初告白の返事待ちの少女のような顔を向ける。いや、どう答えればいいんだよこれ。

手を俺に向けて伸ばしてくるリアナ。

そのまま遠慮がちに頭をさすってきて、俺は声が出そうになるのを必死に我慢がまんした。



約一分後。

「さあ、授業に戻るよ、セラフィさん、リアナ」


真顔で少し二人をにらむように見ながら、俺は完全に横道にそれてしまった話題を戻し、セラフィに授業をうながした。


「失礼しました、先生。えっと、どこからでしたっけ?」

「魔力値の話ですよ」


セラフィの話を簡単にまとめると、魔力というのは、魔法を使うのに必要な、体力のようなものであること。この保持ほじ量には個人差があること。といったことであった。


「そして、魔力値、というのは、いわば魔法の威力のようなものです。αが1、βが2、γが3、と増えていくことになります」

「なら、αの威力の魔法を使うと、魔力の残りが1減るってこと?」


リアナが質問をすると、セラフィはいい質問、とばかりに人差し指を立てて答えた。


「いえ、必ずしもそうではありません。確かに、αの魔法の消費魔力は平均的には1です。しかし、これにも個人差がございます。熟練じゅくれん度や適性によっては、ほとんど魔力を消費しなかったり、逆に10も20も消費することもありますよ」


なるほど、同じ運動でも慣れた人と初心者で、消費する体力が違うようなものか。


「最後は、『water flow:α; do emerge;』の『do emerge』ですね。これは、水を作り出すっていう魔法の本文を表している部分です。他にも『do iceアイス』など、様々な種類がございます」


iceか、意味合いから察するに、水を凍らせる魔法か何かだろうか。


「それは、全部覚えないといけないんですか?」


教科書には、一属性につき五百を超える種類の魔法があるとも書かれてあった。十二属性となると、最低でも六千ある。大変な作業じゃないか。


「いいえ、そんなことありませんよ。定型文の魔法を全て覚えているのなんて、宮廷魔導院きゅうていまどういんの一部の人間ぐらいのものだと言われていますから。基本的には、必要なものを覚えていけば問題ありません」


それから、セラフィは少し悪戯っぽく笑って付け足す。無理して全部覚える必要はないってわけか。

「最後の『do』より後の部分は、実は覚えていなくても魔法は使えるんですよ」

「どういうこと、それ?」


リアナが興味深げにセラフィの方へ視線を向ける。


「魔法の元となるのは思考です。だから、ちゃんと魔法を使う宣言さえすれば、考えるだけで魔法は使えるということになります」

「言われてみればそうね、なら、そっちの方が楽じゃないかしら?」


ふむふむと頷くリアナ。確かに、覚えることは少ないに越したことはない。しかし、その期待を裏切るようにして、セラフィが言葉を加えた。


「代わりに、相当の量の適性や慣れが必要になってしまいますよ。覚えた方が楽です」

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