2章

第11話 二番目の国

「レファとコズは無事に旅立ったよ」

「そうか、恩に着る」

「いやぁ、気にしなくていい。それよりも、コズのことを頼んだよ」




***




 コズは辟易へきえきとしていた。時間感覚にして数日分、ずっと同じ景色を歩いていたからだ。

レファにとっては二度目の景色となるが、山や湖などの変化がない分コズにとってはさらに苦痛となっていた。



「国の外ってこーんなにも平坦で面白みがなかったんだなぁ」

「まぁまぁ、きっと次の国についたら変わるんじゃないかな」



 そう言いながら、レファも少しの退屈さと奇妙さを感じていた。二人が進む道は穏やかで、野生動物の一匹も見当たらなかった。それはレファがコズの国へ至るのに通ってきた一本の道と全く同じ様相をていしている。

 レファの国は、魔法の結界によって海に棲むマモノからの侵攻を防いでいた。そしてそれは、恐らくコズの国においてもそうなのだとレファは仮定した。その結界を作っているものが誰かどうかはさておき、事実としてコズの国もつつましいながらもマモノに怯えることはなく暮らしていたのだ。だとしたら、この国と国とをつなぐ一本の道は実はマモノによって侵略された道ではないかとレファは仮定する。

 ここまで生物の一匹も見当たらず、景色には変わり映えがない。もし仮に、ただの手つかずの区域だったとして、国が手を出さない理由もレファには思いつかなかった。それならば、この一本の道はかつてマモノによって侵されてしまった地であるとレファは考えた。

 それでも、まだレファの中には疑念が残っていた。だったら、そのマモノはどこに存在するのか。この一本の道かられてしまえば、すぐそこに潜んでいたりするのだろうか。想像の域を出ないが、それ以上に確かめる術もレファは持ち合わせていなかった。

 

 そうしているうちに、いつの間にか周囲の雰囲気が変わったことにレファとコズは気が付いた。肌で感じる温度が少し上がり、大気中の空気は少しだけもやがかかったように、二人の視覚を少しだけ奪った気がした。

 ようやくその建造物群が見えてきた頃には、太陽は既に落ちきっており、空は漆黒に染まっていた。しかし、二人が辿り着いた国は灯りを消すことなく、様々な騒音と共に夜の闇を明るく無粋に照らし上げていた。



「よう、お前らがレファとコズか。今門を開けよう」



 国の門を守る守衛は、その役割に不相応にヘラヘラと笑いながら傍らにあった突起物を引いた。大きな音を立てて、鉄製の門扉もんぴが開かれる。



「じゃ、後の事はそいつらがやるから」



 二人が門を通ったのを確認すると、守衛は二人の前にいつの間にか立っていたモノを指さし、自らは二人に興味を失ったようにして手元にあった酒瓶をあおった。

 レファとコズはお互いに顔を見合わせてから、自分たちの前に立った案内人を見た。それは人――とはお世辞には言い難い外見をしていた。形こそ人と同じ二足歩行の様相を呈しているが、身体は金属でできており、人の顔にあたる部分には鼻や口といった器官は存在せず、丸い点のような目と円錐えんすい状に広がった耳のような機関がついていた。



「えーっと……?」



 コズは理解が及ばないという風に首を傾げる。そのまま二人と一体はその場にたたずむ。その様子を流石に見兼ねたのか、酒を呷っていた守衛が、再度声を上げた。



「そいつについてってくれればいーから!」

「あ、はい。わかりました……」



 少しの苛立ちが含まれたその声に、レファは焦って返事をすると、再び目の前の一体に向き直った。それは表情のない無機質な顔をして、レファとコズを見つめているようで見つめていない、生気を感じさせることのない佇まいをしていた。



「あっ、動くよ」

「とりあえず、ついていこうか」



 唐突に、その物はくるりと振り返って道を歩き始めた。人間よりもいささかぎこちない動きで、人間に似た構造の二本の足を使ってその一体は二人を先導する。

 門を抜けた大通りを突き当りまで歩き、いくらかの曲がり角を曲がった先で二人はさらに奇妙な物を見た。



「この中に、入れと?」

「…………」



 レファの問いかけに、その物は金属の身体をきしませながら緩慢かんまんに頷いた。レファはその全容を見上げる。

 金属でできた巨大な鳥かごのようなそれは、レファとコズにはあまりにも馴染みのない形をしている。籠の天頂から遥か上空まで幾重にも束ねられた鎖が伸びていた。

 レファとコズはいぶかしみながらもその籠の扉と思しき場所から、その内側へと歩み入った。

 二人が籠の中に収まった事を見て取ると、その一体はゆっくりと扉を閉め、外側から錠に鍵をかけたようだった。甲高い金属のきしむ音を耳元で聞き、二人は思わず顔をしかめる。一体はそんな二人の様子などまるで素知らぬ様子で他方を向くと、壁に用意されていたレバーを下へと下ろした。

 

 

「っと、とと……」

「わひゃっ、なになに?」



 籠の外でレバーを下ろしたそれは、役目を終えて元の場所へ戻るように来た道を不格好な歩みで戻っていく。それをただ黙って見送る暇もなく、二人が乗った籠は一つガシャンと大きく揺れると、ゆっくり、ゆっくりと上昇を始めた。



「上に向かってる……? 勝手に?」

「え、勝手に? 誰かが上で引っ張ってくれてるとかじゃなくて?」



 二人が先ほどまで立っていた床が離れていく。視線がどんどんと上昇する。二人は並んで、鉄柵を掴んで籠の外を見渡した。

 徐々に徐々に自分たちが等速に上昇するにつれ、国の姿が見えてくる。赤茶けた金属張りの建物たち、上へ上へといびつに伸びた建物の数々。あちらこちらで活動する、人の姿をした人ではない何か。絶え間なく響く金属音と炎の音。

 レファとコズを乗せた籠はゆっくりと上昇をする。やがて辿り着いた先では、先ほどの何者かと似た様相の一体が待ち受けており、二人の乗った籠を外側から解錠した。

 

 

「多分、ついていけばいいんだよね」

「きっと」



 レファとコズは生唾を飲み込む。得体のしれない何かに連れられ、そうしてこの歪な金属の町の中を右へ、左へ、上へ、下へと移動しているうちにとうとう二人は辿り着いた。



「ご足労感謝する。ようこそ、我が国へ」



 国の頂き。それは読んで字の如く、まさしく国の中で一番地理的に高い位置に存在していた。



「キカイ達の歓迎は気に入ってもらえただろうか。んんー、あぁ、気にするな、気にするな。感想を求めたわけじゃない。そもそもボクは喋るのが好きなんだ。失礼、失礼。いや、普段からキカイばかり弄ってるとね、案外ヒトと喋るのが恋しくなるものなんだ。キカイ弄りの最中に話しかけられるのは嫌だけれども。うん、うん。あー、それで、レファとコズだよね。聞いてるとも、歓迎するよ」



 この国の王は、やけに若くて饒舌じょうぜつで早口に喋るのだな、とレファは感じた。

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