第48話 妥協と想い

「条件を飲むのですか!?」


 インが大声を上げた。

 オクトが提示した、中央軍を借り受ける条件についてだ。

 まぁ、今まで必死にファンを支え、九龍会に尽くしてきた寅には受け入れられないのも仕方がない。

 しかし、受け入れなければ魔王軍残存部隊の相手もしなければならない。

 そうなれば、私達は全滅。

 ただでさえ、拠点を攻める側が不利な上に、敵の数が多過ぎるのはどうにもならない。

 この条件を飲む以外に道はない。


「黄」

「分かっている、フェイ。飲まなくては、勝てない……」

「いいんだな」

「お前が一番分かっているだろ。蒼狼を倒せるなら、それでいい」

「黄様!!」

「仕方あるまい、寅。中央軍の加勢なしに仮に勝ったとしても、九龍会は組織を維持できる様な状態ではなくなる。飲もうが飲むまいが、消える運命だ」


 沈黙が包む。


「ヤクザ辞めるにはちょうどいいじゃねーか」


 沈黙に耐えかねた吠が、笑いながら言った。


「だいたい、お前等はヤクザの癖に真面目過ぎんだよ」


 これは本気で言っている。

 黄も寅もパオも、確かにみな真面目過ぎる。

 まぁ、真面目じゃないと組織の運営・維持など出来ないが、それにしてもヤクザにはあるまじき真面目さと言えるでしょうね。

 だからこそ、今の今まで陣営を過ごしずつ大きくし、耐えて耐えて耐え続けられた。

 先代の無念を晴らすという目的のだけに。


「よし、分かった。襲撃後生き残った奴等は就職先を俺が斡旋してやる」


 あっけらかんとした口調で吠が言う。


「永遠に残る組織なんて存在しないんだ。ここにいるエルウィンだって、かつて栄えた古代耳長人エルフの唯一の生き残りだ。栄えれば滅ぶ、滅べばまた別のが栄える。それが世のことわりだ、一喜一憂するのも勿体ないぜ」

「吠……、私を引き合いに出すのは辞めてくれない?それに、アンタみたいに図太く生きれる奴なんて稀よ」

「エルウィンに言われたら終わりだな」

「はぁ~!?喧嘩売ってんの!?」

「俺よりも向こう見ずで突っ走るタイプじゃねーか」


 私と吠がそんな言い合いを始めると、意気消沈していた他のメンバーがクスクスと笑い始めた。

 真面目なのはどっちだか。

 周りの雰囲気を敏感に察知し、いい方向へ導こうとする。

 この吠の能力は天性のものでしょうね。

 生まれながらにトップを務めるに足り得る能力を持ち合わせている。

 本人は決して認めないけど。


「その辺にしておけ、吠。決戦前の折角の緊張が台無しだ」

「アレを緊張とは言わねーよ。さて、そうとなれば西都のオクトへ条件を飲むと伝えろ。ジムグリのお使いだな。寅は早急に部隊の再編制。蛇は徹底的に情報収集と魔王軍残存部隊の中の間者スパイを増やせ」

「御意に!」


 部屋には黄とシロ、吠と私が残された。


「兵の動かし方の細かいところはシロに任せていいか?」

「お任せください。市街地戦を想定して模擬戦シミュレーションを行います」

「頼んだ」


 シロも部屋を後にする。


「遂に終わるか……」

「感傷に浸るのはまだ早いぜ、黄」

「分かっている。今回は私も最前線だ」

「馬鹿、お前は後ろで堂々と座ってればいいんだよ」

「そうもいかん。これで九龍会も終わるのだ。その瞬間は私も戦っていたい」

「そう言うのを真面目って言うんだよ……」

「今まではお前達ばかりに前線を任せていたからな。最後くらいは」

「好きにしろ。ただし、死ぬなよ」

「分かっている」


 黄も部屋から出て行った。


「吠はさ、どうするつもりなの?」


 私は吠に聞いた。

 蒼狼を倒した後の話。


「さぁな、また冒険者になるかな」

「だったら、またみんなで依頼やりましょ。私と吠とグロー。それに、何年からしたらスゥも誘って」

「そうだな、そうなればいいけどな……」


 何とも歯切れの悪い言い方。

 もしかして、吠はこの戦いで死ぬつもりなのでは?

 そう思った瞬間、私の記憶が途切れたのだった。



 気を失って倒れ込むエルウィンを抱き止めた。


「すまんな、豹」

「いえ。しかし、本当によろしいんですね?」

「何度も同じ事を聞くな。こいつを連れて行く気は端からなかったんだ」

「……、御意に。睡眠薬を飲ませて、東部の街、吠様方が住んでいらした家へお運びます」

「頼んだ」

「御意に」


 エルウィンは連れて行かない。

 俺は死ぬかもしれないからだ。

 冗談などではなく、蒼狼と一騎討が出来る実力を持つのは俺くらいしかいない。

 それくらいに蒼狼は武芸に秀でている。

 黄や寅も確かに強いが、真面目な点がダメだ。

 先代を騙し討ちし、組織を乗っ取った様な曲者の相手は、俺の様なひねくれ者でなくては対等に渡り合えない。

 正直、勝てるかも分からない。

 人口魔術師ストライゴンの施術を、もしも蒼狼が受けていたならば、俺よりも上手い使い方をしてくる筈だ。

 だからこそ、エルウィンは連れて行けない。

 俺はそう決心したのだ。


「すまない……」


 蛇の担がれていく気絶したエルウィンを見つめながら、俺は誰にも聞こえない声でそう呟いた。





『 西部内乱』————Quest Accomplished

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