西都事変篇

第49話 最後の覚悟

 スペリオが死んだ。

 僕の大切な親友が死んだ。

 涙が止まらなった。

 だけど、スペリオと僕が一緒にまとめた研究データの束を見ると、自然と涙が止まった。


「やらなきゃ……」


 止まっている暇なんてない。

 僕はスペリオから託されたんだ。

 研究の成功を信じて、笑顔で逝ったスペリオの為にも。

 ボスは本部の地下の一室を僕にくれた。

 即席の実験室だ。

 何が必要かなんて、もう頭に焼き付いている。

 1週間、いや4日もあればボスへの施術が可能になる。

 絶対に成功する。

 確信があった。

 スペリオと僕の研究成果は完璧なんだ。

 寝る間は勿論、食事の時間すら勿体ない。

 僕はその事だけに没頭した。



蒼狼ツァンラン様、お怪我の具合は……」


 フィアットが心配そうにやって来た。

 手には医者から渡されたのであろう薬を持っている。


「そんな顔をするな、フィアット。薬の時間だったか」

「少しでもお休みになって、傷の回復を」

「そんな暇はもうない。傷口も縫ってもらった、心配するな」

「蒼狼様が倒れれば、それで九龍会も終わりです……。どうかご自愛を……」


 だからと言って寝ている訳にもいかないのだ。

 俺が生きていようが、部下達が皆死んでしまえば同じく詰みなのだ。


ファンフェイは捨て身で来る。我々も奴等も後はないのだ。それより、ルインが率いる致死軍ジースージェンは到着したか?」

「はい、先程。呼びますか?」

「頼む」

「御意に」


 薬を私に手渡した後、フィアットは部屋から出て行く。

 奴等がいつ来るかなど、探るつもりもない。

 部隊の再編に2日程掛けた後、すぐにでもここへ向かっている筈だ。

 となれば、戦闘になるのは明日か明後日。

 西方司令部は完全に中央軍に掌握され、支部に勤務していた兵士達は1人残らず王都に収容された。

 代わりに配属された中央司令部の兵士達は数が少ないが、臨時本部長の目付きが気に食わん。

 奴の睨みのお陰で、西都内でもコソコソと動かなければならない。

 予め魔王軍残存部隊の精鋭を西都入りさせておいてよかった。

 中央から来た兵士達は優秀だろうが、如何せん人手不足で監視はザルだった。

 西都物流商事本社の周辺は元々九龍会が買い占め、職員宿舎などにしているのだが、そこに今住んでいるのは全て兵士だ。

 暗黒種族は日に晒す訳にもいかんので、本社地下に収容した。

 これである程度の防御力はある。

 西方司令部が使えないという事は、城壁が意味をなさないという事だ。

 完全な市街地戦になる。

 本社までの道のりは兵士に、社屋内は暗黒種族に防衛させ、私は最深部でルーヴの施術準備が整うのを待つ算段だ。

 魔王の力さえ手に入れば、黄陣営だろうが、中央からの派遣軍だろうが相手ではない。

 それまで粘れば私の勝ちという訳だ。


「まぁ、相手は黄と吠だ。そう簡単には勝たせてくれないだろう」


 薬を飲む。

 痛み止めらしいが、要は麻薬だ。

 適切な量であれば問題がない。

 まぁ、薬と言うものは大概がそうだろう。

 多ければ毒になる。

 よく親父が言っていた気がする。

 ヤクザは毒にも薬にもなると。

 私はそうは思わない。

 ヤクザは何処まで行ってもヤクザだ。

 悪は悪、ならば極めたくなるのが私のサガだ。

 いっそ魔王にでもなってやろうかと考えたのが最初である。

 まさか現実になるかもしれないとは思っていもいなかったが。

 そんな事を考えていると、ルインがやってきた。


「ルイン、準備は出来ているか?」

「一応な。俺達は蛇を止めればいいんだろ?」

「あぁ、兵力ならば暗黒種族がいる。お前達は暗黒種族達が蛇に翻弄されない様にしてくれ」

「なかなか難しい事を言う……。言っておくが、奴等は馬鹿だぞ?」

「だからお前に頼んでいる」

「はぁ……、出来る限り努力しますよ……。蛇もほぼ全員が来るだろう、アンタの護衛に致死軍は出せないがいいのか?」

「なんだ?私の心配をしているのか?」

「そら、一応な。資本元スポンサーは大事にする主義なんだ、知らなかったのか?」

「初耳だな」


 今までは好きになれないと遠ざけていたが、この男もなかなか面白い奴だ。

 もう少し早く気付いていれば、コイツと美味い酒が飲めたのではないだろうか。


「この戦闘が契約の最後って事で良いか?」

「好きにしろ。俺が死ねば契約はなくなるし、俺が魔王になったら契約自体を忘れている可能性もある。嫌なら魔王軍に従う必要はない」

「なら、これを言わないとな」


 そう言ってルインは片膝をつき、頭を下げた。


「長期のご契約、ありがとうございました。

「ガラにもない事を」

「ハハハ、最後くらいはいいだろ?」

「フン。今までご苦労。検討を祈る」

「『全てを御手に捧ぐ』」


 ルインが部屋を後にする。

 さて、こちらの準備は整ったぞ。

 いつでも来い、盛大に歓迎してやる。

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