第42話 ターニングポイント

「スゥ、少し良いですか?」


 私はフェイ様の街へ赴き、スゥと個人的に会っていた。

 要件は、先日のスゥからの申し出についてだ。

 本当は吠様に確認をとる必要があるのだが、あえて省いた。

 現在、吠様はサリィン殿達と王都だ。

 既に帰路についていると思われるが、街に帰って来られるまでにはまだ時間がある。

 その前に結論を出した方がいいと思ったのだ。

 これは独断だが、吠様にもご納得頂ける筈だ。


パオ

「悪いが、君を連れて行く訳にはいかない。君はこの街で吠様達と暮らした方がいい。君には確かに、暗殺者アサシンとしての素養は十分にある。しかし、折角手に入れた普通の生活を投げ打って、わざわざに戻る必要もない」

「……、僕がまだ弱いから?」

「そうじゃない、スゥ。君は十分に強い。隠のメンバーでも、君に敵う奴はごく少数だろう」

「じゃあ、何で!?」

「何回も言うけど、君がに戻る必要はないんだよ」


 スゥは目に涙を溜め込んでいた。

 何故、こんなにも思い詰めているのか、私には分らない。


「どうしてそんなにも、暗殺者に戻りたいの?」

「……、ガルが遠くへ行っちゃうから……」

「遠くへ……?」

「ガルは豹達と行こうと思ってる。僕らを置いて、消えるつもりなんだ……」


 私は驚いた。

 吠様にそんな気は全くないように思える。

 現に、冒険者として我々に協力できる事を模索してくださっているのだ。

 戻る気など無いと、何度も言われた。

 スゥの思い違いなのではないだろう。

 しかし、そう簡単に否定できる話でもない気がする。

 たまに見せる吠様の眼は、何処を見ているのか分からない時がある。

 その目には望郷の光すら感じる事があるもの確かだ。

 まさか、スゥもそれを感じ取っているのか。


「それは本当かい、スゥ」

「間違いないよ。だって、あの目は

「……、そうか、だから吠様と一緒にいれるように、暗殺者に戻りたいと……」

「じゃないと、。独りになったガルは、もう

「人には戻れない……?どういう事だい?」

「僕にもよく分からない。けど、次にガルがいなくなったら、もうガルは戻ってこない、そんな気がするの」


 何という事だ。

 スゥに言われて私も気が付いた。

 今まで何となく見過ごしていた違和感はそこなのかもしれない。

 吠様は、死ぬ気なのかもしれない。

 それは本人すら気が付いていない事だが、スゥはそれを敏感に感じ取っているのかもしれない。


「だからお願い……、僕を強くして!ずっとガルの傍にいれるように!」


 吠様は、こんなにも心配されているとお気付きなのだろうか。

 しかし、スゥの訴えが切実であればある程、断らなくてはならない事を痛感させられる。

 追わせる訳にはいかない。

 吠様もファン様も、決まって同じ事言うのだ。

 『俺達の代で全てを終わらせる』と。

 下の世代を巻き込む訳にはいかない。


「ダメだ、スゥ。それを吠様は望んでいない。君はこのまま、普通の生活をするんだ、いいね?」


 スゥは俯いたまま泣いていた。


「どうして……、どうしてみんな、僕を置いて行くの……」

「スゥ……」


 私はその小さな身体を抱き締めた。

 昔の自分自身を思い出していた。



「吠様、よろしいでしょうか」


 それから数日語、王都から吠様達がお戻りになった。

 私は吠様がお一人の時を見計らって、今回の件をご報告する事にした。


「なんだ?」

「少々お話したい事が」


 私は一呼吸置いて話し始めた。

 ただ、吠様がいなくなる等の話は全て省いた。

 吠様は動じる事なく、静かに私の話をお聞きになった。


「そんな事があったか……。迷惑を掛けたな」

「いえ……。断って良かったのでしょうか……?」

「あぁ、スゥには普通の生活をして欲しい。断ってくれて助かった」

「吠様……」

「なんだ?」

「……、吠様はどうするおつもりですか?」

「どう……、とは?」

「今後の事です。軍やギルドもしばらくは使えません。このままお引きになった方が……」

「冒険者だから出来る事がある。それに、俺の存在はまだ気取られていないのだろ?」

「はい。リオリート殿とサリィン殿をデコイにしましたので、吠様の存在には全く気付いていない筈です」

「……、やはり、そういう事だったか」

「お2人には申し訳ありませんが、吠様をお守りするため」

「亡くなったリオリート大尉の分まで、俺は働かんとな」

「あまり、無理はなさらずに……」

「なぁに、蒼狼ツァンランが俺の存在に気付く時は、奴が倒れる直前だ。それまでは隠を攪乱しろ」

「御意に」


 私は吠様の元を離れた。

 私にもやる事がある。

 西へ戻る前に、私はある場所へ向かった。

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