第40話 見えざる強敵

 ルインが私の呼び出しに応じて、事務所を訪れた。

 直接顔を合わせるのは2年振りくらいか。


「よく来てくれた、ルイン」

「アンタの命令なら仕方ない」

「まぁ、掛けてくれ。酒がいいか?」

「蒸留酒なら何でもいい」

「いいブランデーがある」


 私は戸棚からグラスと酒瓶を出した。

 ルインは酒好きだが、全く酔わない。

 酔わない癖に酒好きと言うのもおかしな話だが、とにかく酔った所を見た事がない。

 香りと味が好きなのかもしれない。


「酒はいいとして、さっさと本題に入ってくれねーかな、会長ボス

「そう急くな」


 急かすルインを諫めながらブランデーを注いだグラスをルインの前に置いた。

 それを受け取り、グラスの底を掌で温めながら、揺らす。

 香りが立ってきたところで、それを嗅ぐルインの目が見開かれた。


「分かるか」

「コイツは……、相当な年季だな」

「仕込まれたのは王国混乱期よりも前。その中でも最も出来の良かった年のものだ。瓶5本分しか世界に残っていない」

「フム……」


 ルインは一口含む。

 口の中で転がした後に飲み込み、深く唸った。


「コイツはスゲー」

「ハハハ、好評で何より」

「酒が分かる奴には曲者が多い。アンタみたいにな」

「お前もそうだろ、ルイン」

「まぁいい」


 そう言って、ルインは一度グラスをテーブルに置いた。


「話があるんだろ?」

「あぁ。ここ最近、隠の数がかなり減らされたと聞いてな」


 私の言葉に、ルインは小さく舌打ちをした。


「アンタはホントに耳が早いな」

「お前たちのお陰だよ。包み隠さずフィアットが報告してくれる」

「全く、あの圃矮人ハーフリング。俺とアンタは味方でも運命共同体でもない。金で雇われているだけだ。契約も1年ごとの更新だからな。その意味を分かっているのか、あの圃矮人は?」

「俺が払っている金額以上を支払えば、簡単に裏切るという事だろ?」

「裏切るって言葉は適切じゃない、ただの契約なんだ。まぁ、アンタ以上に金を出す輩なんぞ、王国どころか、世界中探してもいないだろうがな」

「金は出せる。だが、数が減っては私が困る」

「心配するな、随時増員している。この間の暗殺の失敗は申し訳なかった」

「いや、例のサリィンという軍人の周りには切れ者がいるようだ」


 そう、サリィンが切れ者なのでは決してない。

 隠を使って調べさせたが、確かに優秀な軍人である事は分かった。

 戦後配属組にしては群を抜いて優れているのも確かだ。

 しかし、この間の作戦に関して、奴が立案したものではないと思える。

 優れた軍人ではあるが、魔王との戦争を経験していないせいか、如何せん真面目で素直過ぎる。

 愚直なまでの性格からして、あの飛び道具の様な作戦を発想する人間ではない。

 となれば、入れ知恵した者がいる。

 実戦経験もあるリオリートかとも思ったが、これも性格的に違う。

 リオリートの場合、端的に言って脳筋だ。

 剣を交える戦闘ならばまだしも、あの様な作戦を立てれるとは思えない。


「アンタもそう思うか」

「お前もか」

「あぁ。どうもやり口が軍人じゃない」

「むしろ、我々の様な裏社会に理解のある奴に思える」

「調べてみてはいるが、どうも掴めん。冒険者の線も洗っているが、あの街のギルドの所属している冒険者のリストは手に入っても、それ以上が全く出てこない。調べるようにも、

「そこだ」

「あぁ、他の街の冒険者に関しては口癖すら判明しているのに、あの街だけが何も出てこん」

「その間に、ファンの側につく元老会メンバーも出てきている。これは連携していると考えた方がいいかもしれんな」

「俺もそう思っていた。そして、黄側からすれば、あの街には俺達に知られたくない事があるって意味でもあるな」

「何を隠しているのやら……。それに、サリィンが中央に向かったそうだな」

「例のギルドとの共同作戦で王都へ呼び出しだろう。まぁ、派手にやったんだ、当然だな」

「暗殺は保留だ。サリィン暗殺に向かわせていた隠は引き返させたか?」

「心配するな。王都へ向かうサリィンはデコイだ。サリィンをだしに、隠を誘き出して少しずつ減らす気だろう」

「全く、こんな厄介な奴がいるとは思わなかった。今後の工程表スケジュールを変更せねばならん」

「何、今の所の障害はその切れ者だろ?ソイツの排除さえ完了すれば、あと楽なもんだ」

「最大の難関が、その切れ者って事か……」

「俺はそう見てる」


 そう言って、ルインはもう一度ブランデーを飲む。


「ルイン、その切れ者に関して、何か予想というか、特定する手掛かりはないか?」

人物像分析プロファイリングしろってか?」

「出来るだろ?」

「……、追加料金貰うぞ」


 ルインはまだブランデーの残ったグラスをテーブルに置き、部屋から出て行った。

 正直、今の所、頼みの綱はルインだけだ。

 隠が調べても出てこない情報など、それが以外が調べたところで何も出てこない。

 ルインに賭けるしかないのだ。


「はぁ……」


 部屋を出たルインは深い溜息を吐いた。

 ルインの中では、1つの仮説が既に出来上がっている。

 しかし、それを蒼狼ツァンランに伝えるのは早過ぎる気がした。

 何よりも、ルインの勘でしかなく、確実な物証なども皆無なのだ。

 しかし、勘でしかないが、言い知れない確信も漂っている。


「まさかな。アイツは死んだ筈だ……」

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