最初の一言



 今朝早くにポセイドンから、正午前には準備が整うってメールが来た。

 12時0分〜1分の間に確定ガチャを回してくれだと。


 役に立つ奴確定ガチャを回したら、俺のポイント残高はすっからかんになるけど、全然気にならん。


「お〜い、ロナルディ〜。ポセイどんが世界樹レタス1枚で良いから柔らかい所を用意しといてだってよ」


「わかりました〜。1番柔らかい葉を用意しときますね〜」


 ホットケーキに乗せるイチゴとかブルーベリーとかを急遽育て始めたロナルディとリスティールさん、2人とも作業着姿で麦わら帽子。


「ふふふ。今度こそ素晴らしい事を考え付いたのだ!」


 ポムは1人でキッチンで何かを作ってる……


 さっきからずっと「コレはいいものだ」とか「私の実力」とか、結構大きな声でぶつぶつ言いながら。


 気になったから覗いて見たら「爆釣はあっちに行っといて」だってさ……


 んで結局、待ち時間が出来ちゃって、手持ち無沙汰になって、やる事ないから小政島まで歩いて来てみた。


「端っこまで来るのに約1時間か……」


 俺が地獄ここに来た時は、島を1周回っても15分あれば十分だったのに……


 いつの間にか広くなったよな。


 コンテナハウスからほぼ真っ直ぐ歩いて来たのに1時間も歩くなんてさ。


 海岸に着いて岩に当たる波を見て、やっぱり綺麗な海だなって、1人で感動。


「おっ岩海苔……ちょっとだけ採ってくか……」


 スマホのアラームを10:30にセットして、岩海苔採取。

 こんな時の為に、ケツポケットに常にビニール袋を1枚入れてるからな。抜かりは無いぜ。


「ここが始まりなんだよな……」


 初日に立ってた岩。実を言うと小政島って、政島を2つに割って作ったんだ。と言っても西側の1部を切り取っただけなんだけどな。


 初日に立ってた場所にもう一度立ってみる。

 やっぱり目の前は綺麗な海で、潮風と波の音が心地良い。


「帰ろっかな……」そう呟いて後ろを振り返ってみたら……


「やべえな。俺って凄いじゃん」


 違うな……


「俺達って凄いじゃん」


 岩がゴツゴツした小さな島の真ん中に、ポツンと俺の軽バンがあっただけの、海と岩と空だけの小さな世界だったのが……


 目の前の政島は緑の山と、そこから流れる川があって、川の周りは畑や果樹園になってて、そこの近くにコンテナハウスと公園があって、コンテナハウスの真ん中に葉桜になった桜の木が生えてて……


「うん! 大丈夫。誰が来ても大丈夫だ」


 セットしたアラームが鳴る前に止めて、家にダッシュで帰った。




 11時50分くらいから隣人ガチャを開いて、何時でも回せるように準備しつつ、作り置きのおにぎりを温めて昼飯。

 ポムが鍋いっぱ作ったワカメスープに溶き卵とレタスを入れて、それも美味しくご馳走様。


 腹も膨れて気合い十分。


「5・4・3・2・1……回すぞ!」


 3人が見守る中で、1回10万Pって書いてある方をタップしてガチャを回したら、説明書きに書いてあったのは……


”可愛い日本人の女の子”とだけしか書いて無かったけど、決定をタップした。


 決定したら目の前に魔法陣みたいなのが浮かんで、ポムが出て来た時みたく小さな女の子が……


「危なっ!」魔法陣が浮かんだのが1.5mくらいの高さで、そこから落ちるように出て来た女の子。

 

 咄嗟に体は動か無いもんで、声しか出なかったけど、ポムが飛び出して女の子を抱き抱えてくれた。


「ナイスポム!」「ポムさんさすが!」「怪我はありませんか?」


 にししって感じで笑ったんだけど、女の子の顔を見た瞬間に……


 ポムの表情が曇るのとほぼ同時に、めちゃくちゃデカい水しぶきが遠くに見えて、ズザザザァァってデカい音がして……


「どうだ! ちゃんと届いたか!」


 びっくりした、ポセイドンが海パンいっちょで桟橋の近くから一気にジャンプして飛んで来た。


「おう、この子だろ。この後はどうすりゃいい?」

「ロナルディ。世界樹の葉をよこせっ!」


「はい!」


 ロナルディもリスティールさんも女の子の顔を見て表情を歪めてたけど、ポセイドンの焦って半ギレな声を聞いて我に返ったみたいだ。


 ロナルディが持ってた柔らかい世界樹(レタス)をポセイドンが受け取った後に、ポムが抱きしめてる女の子に近付いたんだけど……


 ポムがポセイドンから世界樹を奪い取って、噛んで柔らかくしてから女の子の口にねじ込んだ……凄い怒った顔して。


 だよな……衰弱して意識すら無い状態なんだろ……


「もう大丈夫だからね。もう苦しく無いからね。もう痛くないからね……」


 ポムが目に涙をいっぱい溜めて、抱き締めながら優しく語り掛けてる女の子……

 世界樹が喉を通ったのか、どす黒く腫れてた左の頬が、どんどん綺麗になってく。


 それを見て、5人で少しだけホッとして……


「爆釣、お風呂の準備! ロナ、ジュース作っといて、冷やし過ぎたらダメだよ。リティ、暖かそうな服を選んで持って来て」


 キリッとしたポムが、そんな事を言うもんだから……


「おっ……おう!」としか答えられなかった。


 


 こんな時に男って何も出来ないんだなって痛感した。


 俺もポセイドンもロナルディも、ポムやリスティールさんの指示に従う事しか出来なくて、ポムとリスティールさんが、女の子の冷めきった体を温める為に、女の子をお風呂に入れてる間、男湯に浸かって女湯の様子に耳を澄ましてる……


「大丈夫かな?」ボソッ俺が呟いた一言。


「大丈夫ですよ。ポムさんですから」

「そうだな、ポムちゃんだから大丈夫だ。心配するな」


 2人が大丈夫って言う意味がわからん、なんでポムなら大丈夫なんだ?


「ロナルディ。爆釣に教えてやってくれないか? 俺は布団の用意をしてくる」「はい!」


 相変わらずポセイドンは濡れてた体が一瞬で乾いて、Tシャツとハーパンに一瞬で着替えて、ポケットからふかふかそうな布団を取り出して……コンテナハウスに向かって歩いて行った。


「爆釣さん。ポムさんが神様だって言うのは知ってますか?」


「うん。知ってる」


 俺が相槌をうったらロナルディが頷いて……


「僕達の世界だと猫神様は他者を癒す事に特化した癒しの神様なんです。どんなに力の弱い猫神様でも人間1人くらいなら大丈夫ですよ」


 そうなのか……


「僕は桃ジュースを用意しなきゃなので先に上がりますね」

「おうっ……俺ももうちょいしたら帰るよ」


 ロナルディがササッと水気を払って、体を拭いて帰って行くのを見ながら、ポセイドンから来たメールを思い出してみる……


 育児放棄で栄養状態も悪く、虐待で身体中痣だらけ、そんな状態で風呂場に閉じ込められたまま、母親が居なくなって2日目……

 このままだと明日には体温の低下と脱水症状が原因で死んでしまう……


 そんな事にはなんねえよな……大丈夫だ。


「爆釣〜、上がるから脱衣所に来ちゃダメだよー」

「ほいよ〜、どんな感じだ?」


「怪我は全部治ってて、体もポカポカで、たぶん今は寝てるだけ」だってさ。

 ここ数日、ずっと気が張ってたけど、ちょっとだけほっとした。



 俺の部屋のベッドに寝かされてる女の子を、5人で静かに目が覚めるのを待ってたんだけど、夕方の6時くらいに女の子が目を覚ました。


「お腹空いてるでしょ? 今は何も言わなくて良いからあ〜んして」


「喉が乾いてるでしょ? お水をどうぞ」


 自分がどんな状態かも分かってない女の子に、ずっと横に座ってたポムとリスティールさんが、女の子の上体を起こしながら優しく語り掛けてる。


 リスティールさんが水差しで水を飲ませて、ポムが「もう一度あ〜んして」なんて言いながらレンゲを持って。


 ポムが持ってるレンゲで掬ったのは、ポムが午前中に1人で作ってた雑炊で、混ぜ込みワカメシリーズの何かを少しだけ入れて卵を溶いてネギを散らしたヤツ。


 食べ易いくらいの温かさで、インベントリに入れて保存してたんだと。


 女の子は1度ポムを見て、レンゲを見て、鼻を少しだけヒクヒクして、口を小さく開けて……


 レンゲから雑炊を少しだけ食べて、咀嚼したら……


 凄い小さな声で「おいしい」って……


 5人で小さくガッツポーズしたよ。


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