イワシ


 時計を見たら午前4時、やたらポムが張り切りって、朝早くからイワシイワシうるさくて起こされた。


「湾の拡張と、桟橋と防波堤の延長もしなきゃだから、朝飯食ってからな」


 ぬおっ……明かりをつけてみたら、目の前にポムの顔が。


「私をイワシが呼んでいるのだ。爆釣、お願いだから早く行こ」


 どんだけイワシが好きなんだよ……


「マイワシもカタクチもウルメも私を呼んでるの、早く早く」


 釣り番組に出てる釣り人みたいにベストや指抜き手袋やら帽子やら偏光サングラスやら……装備がバッチリ決まってるポム。めちゃくちゃテンション高いし。


「どうしたんだ? そのフィッシングベストとか」

「買った」


 あぁ、昨日ポセイドンからスマホ渡されてたもんな。


「スマホで?」「そうだよ、爆釣のスマホとはちょっと違う仕様だけど、買い物出来るのは一緒だよ」


 む! 部屋の隅を見たら、結構大き目のダンボールが置いてある……


「着替えるから待ってくれよ、着替えたら朝飯食って準備するからよ」


「朝ごはんは用意したよ、早く着替えて食べて」


 準備したって朝ごはんを? これまで料理なんか一切しなかったポムが? なるほど……


 食卓に並んでるのは、ご飯とインスタント味噌汁と昆布の佃煮……調理した訳じゃないのかw


「朝ごはんサンキューな。大急ぎで準備するよ」


 簡単な朝ごはんでも用意して貰えたら嬉しいのな。




 巨大ボラを釣り上げた竿とリールを用意して、仕掛けは市販のサビキ。お手軽に釣れるイワシって有難いよな。


「車って便利だよね、色んな物積んで移動出来るんだし」「コレが無かったら最初は野宿だっんだろうから、ホントにありがたいよ」


 昨日使わなかった調理器具はそのまんまにしてたから、釣り道具だけ積んで移動開始。と言ってもコンテナハウスから500mくらい走るだけなんだけどな。


 道路はあるのか? なんて質問が来たら面倒臭いから先に言っておくけど、舗装された片側一車線の道路を10m100ポイントで設置出来るから、島の東西南北に車で移動出来るように設置してあるよ。

舗装の素材はアスファルトっぽい何かだけど。


「耳を帽子で塞いでもちゃんと聞こえてんの?」


 ふと気になった。猫耳が隠れてんだよ。


「聞こえてるよ。元々凄く耳は良いから何かで塞いでも人間よりは聞こえてるんじゃないかな?」


 ほへ〜凄いな。内緒話とか出来なさそう。


 アサリとハマグリの売上を使って、湾を3倍くらいの広さに拡張して、防波堤を2倍くらいの高さと広さに、桟橋を2倍に延長して……


 その間にポムが釣りの準備は終わらせてくれてた。


「練り餌の配合比率とか覚えたのか?」

「うん。動画見て勉強した」


 市販の練り餌の元とパン粉と冷凍オキアミを混ぜてさ。



 少し空が明るくなって来た、と言うか普通ならまだ寝てる時間だぞ。


「そんなにイワシが好きなのかよ?」

「うん。色々思い入れもあるし、美味しいし」


 なるほどな。とりあえず釣るか。


「目標は5千ポイントな。超えたら飯の分にしようぜ」

「お昼までに超えてやる」


 張り切り過ぎんなよ。何となくそんな事が頭の中に浮かんできた。




 3時間くらいポムと2人で並んで釣り糸を垂らしてんだけど、そこそこ釣れるな。入れ食いって程じゃないけど。カタクチイワシに混ざって小アジやコノシロもポツポツ釣れる。


「なあポム。食べ過ぎたら昼飯食えなくなんぞ」


 10匹釣れたら1匹食べる、食べ終わったら釣りに戻る、それを繰り返してんだ。


「だって美味しいんだもん。我慢なんて出来ないよ」


 まっそれもそっか。


 ちなみに、俺とポムとの間には小さいテーブルが置いてあって、生姜醤油とマヨ醤油とワサビ醤油の小皿が並んでる。


「確かに美味いな。でも、こんだけ食ってたら昼飯入らなさそう」「これがお昼ご飯で良いよ」


 だな。ちゃちゃっと手開きして食べてんだけど、最高だよ。美味いってこんな事を言うんだろうな。


 ポムの食べる分も俺が手開きで開いてやってる。ポムはマヨ醤油がお気に入りみたいだ。



「む? なんの音だ?」「なんか聞こえるね」


 地獄こっちに来てから初めて聞く音、これは……


「お〜い。バクチョー。ポムちゃーん。おはようー」


 なんとなんと、ポセイドンが……


「おはようポセイどーん、どうしたんだよその船」

「おはようポセどーん」


 防波堤を避けて桟橋に船を寄せるポセイドン。立派な漁船に乗って来やがった。海皇丸って書いてある。


「防波堤から500mくらい沖に出ればマイワシの大群がいるぞ。ちまちま釣ってないで早く乗れ、道具はでかいタモだけでいいから」


「おっ……おう……」「マイワシ!」


 ポムが何も持たずに颯爽と船に乗り込んだけど、俺は言われた通りタモを拾ってから乗り込んだ。


「早くしろ、鳥の居ない世界では魚群を見つけるのも一苦労なんだぞ」「すまん。行ってくれ」


 結構ちゃんとした船だな……


「クレーン付いてるって事は巾着船か?」

「巻き上げ機もローラーも付いてるぞ、言ってみれば万能船だな」


 ほわー、12tクラスの丁度いいサイズの漁船。

爺ちゃんの乗ってた船より一回り大きい感じ、良いなぁこんな船。


「陸に住んでいたら一生見る事の出来ないモノを見せてやろう」「早く早く」「おっ……おうっ」


 ポムが船のヘリから身を乗り出して海面を見てる……


「うわぁ! 凄いっ……何コレ」


 ちょっ!乗り出しすぎ……


「危ないぞ、お前は泳げないんだろ。落ちそうじゃねえか……」


 身を乗り出し過ぎて落ちそうになってるポムの腰に手を回して止めたんだけど……


 腰ほそっ……めっちゃいい匂い……柔らか……


「海面を見てみろ」「なんだこりゃ?」「イワシ!」


 海面が……なんつーかもう……イワシの絨毯とでも言えば良いんだろうか、船の周り50mくらいだろうか、大小様々なイワシの群れが……


「イワシの大群って凄いだろ。さっさとタモで掬え。掬ったイワシはそこの角バケツに放り込んでいけ」


 まじかー。タモで掬えるのか!


「おもいぃぃぃ……」「うわっ。ちょー入ってる」


「タモの1/3くらいにしとけよ、海から出たら一気に重くなるぞ」


 そんな事は早く言ってくれ……




 20分……いや……もっと短かったかな?

 そんな時間で、デカい角バケツ5杯分のマイワシが穫れちゃった。


「4つ分はお前らにやろう、1つは俺の店で使う分と夜飯の分にな」「まじかー……マイワシって高いだろ?」「ねえ爆釣、2つは私が食べる」


 食えるかそんな量? 何キロあると思ってんだよ。


「とりあえず査定してみたらどうだ?」


 おう。スマホスマホ……

スマホで買い取りアプリを起動して魔法陣っぽいのを角バケツに合わせたら……


「なあ……キロ650ポイント……バケツ2杯で120kgもあんぞ」


 さっき2人で釣った分なんか3kgくらいじゃないかな……やばし魚群……


「小さいのは跳ねられてるだろ? 小さいのはオイルサーディンにでもしとくか」


 うわぁ……オイルサーディンとか作れんのかよ。


「ねぇ開いて開いて」「おうっ」


 1個残した角バケツの中のマイワシで18cmくらいのを頭を落として手開きしてやったんだけど……


「うわぁ……幸せだぁ……」


 マヨ醤油付けて頬張るポムがすっごい笑顔になってさ……


「あれ? お前サングラスは?」「あっ。さっき落としちゃったかも」


「海の中に落としたんなら、寝る前に探しといてやるよ」


 ……………………………………


  (カワイイだろ? 惚れたか?ww)


「ちげぇよ……」


 頭の中に直接ポセイドンが話し掛けて来やがった。


 眼鏡外したらたらカワイイとか……どこの二流ドラマだよ……


 そんな事を考えながら、なんでか知らんが、美味しそうにイワシを食べるポムの笑顔に釘付けだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る