第三七六食 恋人たちと最後の戦い⑤

 結局その後、夕食そのものはわずか二〇分ほどであっさりと終わりを迎えた。なんだか拍子抜けしてしまったが流石は旭日あさひ血筋ちすじだとでも言えばいいのか、一度食べ始めると真昼はもちろん、めいさんや冬夜とうや氏も食べ進めるのがものすごく早いのだ。おかげで俺は一人取り残され、旭日家のご両親に見守られながら箸を動かすというなかなかの地獄を味わうこととなってしまった。ちなみにそのかん、うちの恋人は二度おかわりしたごはんをペロリとたいらげている。……なんなんだこの家系かけい


「どうだった、お父さん? 私たちのお料理!」

「ああ、とても美味うまかったぞ」

「でしょでしょ!? それでどう? お兄さんがどんな人なのか、ちょっとは分かってもらえた!?」

「ふむ……」


 机から身を乗り出して問いただす真昼まひるに、冬夜氏はひげえていないあごを片手でさすり――言った。


「正直……振る舞われた手料理を食っただけで人柄まで見抜けと言われても難しいな。グルメ漫画じゃあるまいし」

「な、なんか急に正論が飛んできた!?」


 愛情を込めて作ったハンバーグの味がイマイチ父親に響かなかったことにショックを受けて上体をらせる少女。


「いや、言いたいことは分かるんだぞ? あんなに不器用で、一年前まで包丁なんか危なっかしくて持たせられなかった真昼がこんなに上手な料理を作れるようになってるんだからな。半年前と比べてもずっと上達しているようだし……家森やもり君が根気こんきよく、丁寧に教えてくれたんだろうということは想像にかたくない」


 最後のほうは渋々、といった様子だったが、俺に視線を向けながら親父さんが言う。それに対し真昼が「それなら……!」と反論を試みるが、冬夜氏は片手を上げてまだ言葉が続くことを示した。


「だがやっぱりこれだけで彼のすべて見極めるというわけにはいかないな。まあ、その話は後にしようか。真昼、家森君に関することなら、まず最初に片付けておくべき話があるだろう?」

「先に? ……あっ!」


 言われてハッとしたように身を跳ねさせ、真昼はリビングの隅っこに置いてあった自分のかばんをゴソゴソとあさり始める。いったいなんだろうと思っていると、彼女が中から取り出したのは一つの茶封筒だった。それを見て俺は、そもそもどうして今日真昼が一人で両親の元を訪れようとしていたのかを思い出す。


「こ、ここに全部入ってるよ……今回の試験の解答用紙」


 そう、昨日まで歌種うたたね高校で行われていた学年末考査、その試験結果である。流れで俺たちの交際を認めてもらうことばかりに意識が行ってしまったが、大前提としてこの試験結果が悪ければ、俺たちは問答無用で引き離されることになる。


「(来る途中で真昼に聞いた時は『大丈夫です』って言ってたけど……)」


 しかし彼女のその言葉を疑うつもりは毛頭もうとうないものの、俺も直接結果を目にしたわけではないため、一抹いちまつの不安が頭をよぎった。俺の眼前で娘から父へと封筒が手渡され、厳正げんせいな空気の中、ゆっくりとその封が切られる。


「えーっとどれどれ……『現代文:一〇〇点 古文:一〇〇点 数学Ⅰ:一〇〇点 数学A:一〇〇点 英語Ⅰ:一〇〇点』……ってなんじゃこりゃあっ!?」


 初めて真昼の通知表を見た時の自分を想起させるリアクションとともに、今度は真昼父が上半身を海老反えびぞりさせた。前から覗き込んで見ると、たしかにそこには右上に大きく〝100〟と記された解答用紙たちがズラリと並んでいる。


「ま、まさか全教科一〇〇点……!?」

「あ、あはは、流石にそれは無理ですよう。国語と数学と英語は特に勉強を頑張ったからたまたま取れただけで……」

「いやいやいや、一〇〇点って〝偶々たまたま〟で取れる点数じゃないだろ……」


 彼女がこの数週間、勉強に全神経をそそいで頑張っていたことはもはや語るまでもないが……元々頭の良い子が本気を出したらこんなことになるんだな。これ、もしかして学年首位トップまであり得るんじゃないか……?


「あらあら、平均点も今までで一番高いんじゃないかしら? 真昼ったら、よっぽどゆうくんの部屋に行くなって言われたのが嫌だったのねえ」

「か、からかわないでよ、お母さん。好きな人に会えないんだからイヤに決まってるじゃん」


 俺と冬夜氏が硬直する横でなごやかな会話を始める真昼と明さん。え? そんな「あら、すごいわね」くらいのノリで済ませていい話題なのコレ? 俺だったら一生の自慢にするレベルなんだが。


「真昼は、父親おれとは違うということか……」

「え?」


 不意にそうつぶやいた真昼父に顔を向けると、彼は真昼の解答用紙を握ったまま、嬉しそうにも悲しそうにも、悔しそうにも見える笑みを浮かべていた。


「……家森君。君、酒は飲めるのか?」

「えっ? え、ええ、まあ人並みには……」


 その唐突な話題転換に戸惑いながらも頷いて返す俺。


「なら少し二人で話そう。……真昼が約束を守ったからには、俺もいつまでも目をそむけてばかりはいられんな」


 そう言った親父さんの表情は、なんだかとても優しげに映った。

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