第三七五食 恋人たちと最後の戦い④
主菜はデミグラスソースの煮込みハンバーグ、副菜としてキノコのガーリックバター炒めとポテトサラダ。洋食主体なので汁物はオーソドックスなオニオンスープを選び、主食であるごはんには市販のシソふりかけを混ぜこんでさっぱりとした
最初はもっといろいろな料理を振る舞うべきかとも考えた。カレー、チャーハン、唐揚げ、ビーフストロガノフ……包丁も火も扱えなかった真昼がこの一年でどれだけ成長したかを知ってもらうだけなら、それが一番手っ取り早いだろう。けれど結局そうしなかったのは、それではいつもの俺たちを理解してもらえないと思ったからだ。貧乏大学生の自炊から始まった俺たちが
また今回の料理に使った食材はすべて、
ちなみに旭日家冷蔵庫はうちの貧相な小型冷蔵庫と違ってかなりの大容量だった。食いしんぼうの娘が家を出てからはせっかくのキャパシティを活かしきれていないとのことだが……なんとももったいない話だ。
さておき、湯気の立つ料理たちが並ぶテーブルについた真昼の両親の前に座りながら、俺はぎゅっと唇を引き結ぶ。明さんはともかく、やはり気になるのは俺から見て対角の席にいる
「さっ、それじゃあせっかく二人が作ってくれた料理が
お気楽な調子で言った明さんの号令に合わせ、俺たち四人は揃って「いただきます」を口にした。しかしいつもなら言うが早いか
「……」
まるで先ほどまで大騒ぎしていたのが演技であったかのように、真昼父が静かにハンバーグへ箸を
しかしそんな不安も、冬夜氏が一口目を食べるまでの話だった。
「――……
「ほ、ほんとっ!?」
半分ため息にも聞こえる、思わず
「あら、ほんと。良く出来てるわ、すごいじゃない真昼」
「えへへー、そうでしょ!? そうでしょ!?」
「というか、これは本当に真昼が一人で作ったのか? 君がなにか手を貸したというわけじゃなく?」
「い、いえ、俺は本当になにも……」
疑惑を視線を向けてくる冬夜氏に対して首を横に振って返しつつ、俺も箸で切った真昼お手製ハンバーグを食べてみた。すると口へ
「……これ、本当に真昼が一人で作ったのか……?」
「ど、どうしてお兄さんまで疑いの目で私を見るんですか!? 私が一人で作ってるの、お母さんと二人で見守ってくれてたじゃないですか!」
「い、いやごめん。あんまり美味しいから、なにか裏技的なものでも使ったんじゃないかと……」
「使ってませんっ、普通に実力です!」
ぷんすこ怒る可愛い恋人は「もうっ!」と一度顔を
「……ただ、お兄さんと過ごしたこの一年を思い出しながら作っただけです」
「!」
「私が今まで覚えたお料理は、ぜんぶお兄さんが教えてくれたものだから」
その言葉は厳密に言えば真実ではない。今食卓に並んでいるポテトサラダがまさにそうだが、真昼が自力で覚えた料理は意外と多いのだ。むしろ、今や俺が教えた料理の
しかし――彼女が言っているのはそういう意味ではないのだろう。
「包丁の安全な持ち方も野菜の正しい切り方も、火の
真昼はさっき、このテーブルの上に並ぶものが俺たち二人のすべてだと言った。あれは決して大袈裟な意味ではなく、彼女がこの一年を通して得たすべてを皿の上に乗せたということ。知識も、技術も――愛情も、すべてを。
「料理は愛情、ってことかしら? ふふ、ベタねえ」
明さんはそう言って笑ったが、横目でちらりと冬夜氏の顔を見る彼女の表情はとても穏やかなものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます