第三七〇食 旭日明と娘カップル③

「どど、どういうことなのお母さん!? お父さんが私たちのお付き合いに反対してないって!?」


 炬燵こたつ机を叩いて勢いよく立ち上がった真昼まひるに、めいは変わらず不思議そうな顔をしたまま答える。


「いえ、そのままの意味だけれど……え? 二人ともなにをそんなに驚いているのよ? まさか反対してほしかったの?」

「そ、そういうわけじゃないんですけど……でも俺もてっきり、真昼のお父さんは俺たちの交際には否定的なんだとばかり思ってました。真昼のこと、すごく可愛がってるって聞いてたので」

「あら? その理屈で言うなら、まるで母親わたしは真昼のことを可愛がってないから交際を認めてるみたいじゃない」


「失礼しちゃうわ」と不貞腐ふてくされたように唇をとがらせる明。その子どもっぽい反応にゆうが慌てて「いやそういうつもりでもなくて!?」と弁解を試みる。


「子どものことが可愛くない親なんていないわ。私は真昼が大切だからこそ、それがこの子の幸せに繋がるならどんなことだって応援してあげたいし……それはお父さんだって同じなのよ」

「で、でも前はお父さん、私に『もうその男の部屋には行くな!』って大反対してたよね?」

「それはあなたが不用意に見ず知らずの男の部屋に上がりこんだりしていたからでしょ。私はあの時、あなたの人を見る眼を信じたけれど、親の反応としてはお父さんのほうが正しいわよ。相手が夕くんだったから良かったものの、年頃の女の子が逃げ場のない部屋の中で男の人と二人きりなんて、なにかされたって文句は言えないんだからね?」

「うっ……」

「それに関しては俺も親父さんが正しいと思う……」


 これまで無防備な少女に散々苦労させられてきたからか、明の言葉に賛同するように数度頷く青年。実際、真昼が夏に帰省きせいして夕とのことを聞かされた時は驚かされたものだ。「すごく気になっている人がいる」という話をあらかじめ聞いていなければ、明も冬夜とうやと一緒になって大反対していたかもしれない。


「たしかにあの人は真昼が夕くんと付き合い始めたって知った時、ものすごく嫌そうな……というか悲しそうな顔をしていたけれどね。『俺の可愛い真昼が他の男にとられた!』とか『もし真昼が家に連れ帰ってきたらその男、難癖つけて逮捕してやる!』とか、一人で大騒ぎしてたわ」

「やっぱり大反対されてるんじゃないですかそれ!? というか今日これから会う予定なのに大丈夫なんですか俺!?」

「ふふ、理屈と感情は別物だからね。だけどあの人だって、今の真昼が誰の隣に居るのが一番幸せかくらいちゃんと分かってくれているわよ。……たぶん」

「最後の一言で不安が増したんだけど!? ほ、本当に大丈夫なの!?」

「大丈夫だってば。それに今回の試験のことだって、あの人なりに思うところがあったからあんなことを言い出したんだろうし……ね」

「……?」


 少しトーンを変えて口にしたその言葉の真意をはかりかねているのか、困惑した様子を見せる夕と真昼。やがてなにかを懐かしむように微笑んでいた明は、語調を戻しつつ続ける。


「まあどちらにせよ、夕くんと直接話せばあの人だって二人の交際を応援してくれると思うわ。だからそんなに深く考えず、ありのままのあなたたちの話を聞かせてあげて頂戴ちょうだい

「ありのままの私たちの話……って?」

「なんだっていいのよ。二人が出会った時のこととか、普段はどんな会話をしているのかとか、共通の趣味やお友だちの話でもいい。変に気取きどろうとしなければ、そこから自然とが見えてくるはずだから」

「わ、わかった! それじゃあお兄さん、さっそくお父さんにどんな話をするか打ち合わせをしましょう! お兄さんが如何いかに素敵な人なのかを理解してもらうためですし、トークの内容から話す順番まで入念に選定しないと!」

「話聞いてた? 変に気取ろうとしちゃ駄目なのよ」


 思い出のエピソードを指折り数え始める娘に母がため息をく。頭の出来は良いはずなのだが、やはり青年のことが絡むと思考レベルが数段下がるような気がしてならない。


「……俺たち二人の関係を理解してもらうなら」


 そんな中、夕が静かに言った。


「言葉なんかより、もっと分かりやすいものがあると思います」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る