第三六二食 旭日真昼と仲間たち②

「み、みんな、いったいどうしてここに!?」


 どういうわけか駅前につどっている亜紀あき、ひより、千鶴ちづるの三人を見て、真昼まひるは思わず驚きの声を上げた。偶然などではなく明らかにこちらを待っていた様子の彼女たちのほうへ駆け寄ってみると、亜紀が「あははー」といつも通り間延まのびした声で笑う。


「まひるんが今日実家に帰るってことは聞いてたからさー、私がに声掛けたんだー。いやー、に合ってよかったよー」

「間に合う……って、もしかしてわざわざ見送りに来てくれたの? そ、そんなの別にいいのに……」


 夏の帰省きせいと違って今回は日帰りの予定だ。精々実家で一泊して帰ってくる程度だし、だから揃って見送ってもらうほどのことでもない。しかし、そんな真昼に「違うわよ」と首を振って返したのは親友のひよりである。


「私たちはあんたを見送りに来たんじゃなくて、あんたを迎えに来たのよ」

「迎えに……?」


 言っている意味が分からず、きょとんと首をかしげる真昼。まさか「これから遊びに行こう」という誘いではないだろうが、だとすればいったいなんの迎えだというのか。

 少女の疑問に答えたのはバイク用のグローブに指を通し、ギュッ、と革製品特有の音を鳴らした千鶴ちづるだった。


「真昼。お前の実家、電車で行こうと思ったらかなり時間が掛かるンだってな?」

「へ? は、はい。結構距離があるし乗り換えも多いから、六時間くらいは掛かっちゃいますけど……」

「だろうな。それならコイツで行った方がよっぽどはえェだろ」


 言いながら、金髪女子大生は愛車にして相棒のタンデムシート部分を軽く叩いてみせた。それを聞いて真昼は「えっ……」と目を丸くする。


「も、もしかして千鶴さんがバイクで送ってくれるっていうお話ですか? で、でも流石にそれは申し訳ないですし……」

ちげェよ。時間だけならオレが送ってやンのが一番だろうが……それァオレの役目じゃねェからな。オレの仕事はあくまで、お前をまで送り届けることだけだ。さァ、さっさと後ろに乗れ」

「わっ、ち、ちょっと待ってください!?」


 有無を言わさぬ勢いでぐいっとヘルメットを押し付けられ、真昼が慌てて千鶴のことを押し止めた。急に乗れと言われても、意図も目的地も知らされていないのに乗れるはずがない。


「あ、『ある場所』ってどこなんですか? というか、そこに行ったらいったいなにが――」

「あの野郎が待ってンだよ」

「……。……え?」


 幻聴が聞こえたような気がして、思わず聞き返す真昼。しかしバイクの運転席に乗り込んだ女子大生は、静かにエンジンをれながら同じ言葉を繰り返した。


真昼おまえの彼氏が、そこでお前を待ってる。だからさっさと乗れ。後のことは全部野郎から聞きゃァいい」

「お、お兄さんが……!?」


 ゆうには何も伝えぬまますべてを終わらせてくるつもりだった少女は、驚きのあまり大きく息を飲んだ。つまり先ほどひよりが言った「迎え」とは、ここから彼の待つ場所までのことをしていたのか。

 ヘルメットをかかえたまま亜紀とひよりの二人に目を向けると、ゆるふわ系の友人は眉尻を下げて苦笑しつつ、両手を合わせて言う。


「ごめんねー、まひるん。私のせいでいろいろバレちゃったみたいでー。まひるんがおにーさんに内緒にしてるのは知ってたんだけどさー」


 そこで一度言葉を区切った亜紀は、浮かべた表情を微笑に変えて続ける。


「でも――全部一人で抱え込もうとしちゃダメだよ。まひるんはお兄さんに迷惑を掛けたくないと思ってるかもしれないけど……お兄さんはきっと、まひるんが頼ってくれるのを待ってると思うから」

「あ、亜紀ちゃん……」


 いつものふざけた空気を消して真剣な、けれど優しい声音こわねでそう言った亜紀に、真昼はぐっと喉を詰まらせる。続けて親友のほうを見ると、瞑目めいもくした彼女はいつも通り淡々とした口調で言った。


真昼あんたのことは私が一番よく知ってる。あんたたち二人の関係ことも、私が一番長く見てきた。そして真昼あんたが一番いい顔で笑うのは――悔しいけど親友わたしの隣にいる時じゃなくて、恋人あのひとの隣にいる時」

「ひよりちゃん……」

「……家森やもりさんが待ってるわ、さっさと行きなさい。次に会う時は、で帰ってくるのよ」


 二人の友人に背中を押されるように、真昼は千鶴の後ろに乗り込む。まだ少し迷いはあった。それでも大切な友だちが送ってくれた激励げきれいの前では、そんな迷いなどかすみと消える。


「……ありがとう。亜紀ちゃん、ひよりちゃん」


 真昼の小さなお礼の言葉を置いて、駅前からバイクが走り出した。後に残った二人の少女たちは、自動車の群れに消えていくまでその背中を見つめ続ける。


「――がんばれ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る