第三六三食 旭日真昼と仲間たち③

 千鶴ちづるの運転するバイクの後ろに乗って走ること数分、真昼まひるが連れていかれた先は自宅近くにある公園だった。外にバイクを停めた金髪女子大生にヘルメットを返却し、彼女から背中を押されるようにして園内へと足を踏みれる。


「(ど、どうしよう……みんなに言われるがままついて来ちゃったけど、ホントにお兄さん、ここに来てるのかな……)」


 考えてみれば、真昼がゆうと直接顔を合わせるのはあの日――父親から電話があった日の夜以来だ。これまで数週間に渡って夕と顔を合わせないことなど一度もなかったし、しかもすべて片付くまで彼とは会わないつもりでいたこともあって、真昼は言い知れぬ緊張感に支配されていた。まるで一秒ごとに心拍数が上昇していくかのようである。


「緊張してンのか?」

「!」


 歩幅一つ分前を歩く千鶴にそう問われ、顔を上げた真昼は頷いて返す。


「はい……お兄さんと会うのはすっごく久し振りなので、心の準備が……」

「安心しろ、お前の彼氏はなンにも変わってねェよ。いつも通りえねェツラして、真昼おまえの心配ばかりしてやがる。まったく、似た者カップルだな、お前らは」


 そのぶっきらぼうな言葉が終わるのとほぼ同時、二人の進行方向にあるベンチの周りに数人の男女が集まっているのが目に入ってきた。一人はベンチに腰掛けたまま大きく項垂うなだれており、その近くには見覚えのあるイケメン女子大生と眼鏡少女が立っている。


「はあ……だ、駄目だ、なんか緊張してきた……青葉あおば、俺変なところとかないか? 大丈夫か?」

「変なところってなにさ。心配しなくてもキミ、元から身嗜みだしなみに気を遣うようなタイプじゃないじゃん」

「そうですよ。蒼生あおいさんくらいのイケメンなら分かりますけど、家森やもりさんがそんなこと気にしたところで焼け石に水じゃないですか」

「お前ら容赦ねえな!? い、いいだろ別に、久々に彼女と会う時くらい気を遣ったって!?」

「あっ、ほら、そんなこと言ってる間に来ましたよ! まひるー、千歳ちとせさーん! こっちこっちー!」

「ええっ!? も、もう来たのか!? ち、ちょっと待て、まだ心の準備が……!」


 三〇秒前の真昼と同じことを言いながら、うつむいていたその人物がパッとこちらへ目を向けた。そして数週間前と変わらないその顔を見た途端――少女の中から緊張も恐怖も、それ以外のあらゆるマイナスの感情が吹き飛び、彼女は意識さえも置き去りにして勢いよくその場から駆け出す。


「お兄さんッ!!」

「まひッ――むぐっ!? ぐえぇっ!?」


 青年の顔面目掛けて文字通り飛びつく真昼。夕も咄嗟とっさに反応してそれを抱き止めようとしたものの、残念ながらこの公園のベンチは地面に固定されているタイプではなく、勢いに負けてそのまま背凭せもたれのほうから二人一緒にグラリと倒れ込んだ。「ぎゃああっ!? な、なにやってんのキミたち!?」と、蒼生の叫喚きょうかんが公園に響き渡る。


「ううっ……お兄さん、お兄さん、お兄さんっ……! ずっと、ずっと会いたかったです……! お父さんに『お兄さんの所には行くな』って言われて会えなくなってから私、毎日本当に苦しくて、息が詰まるような思いで……! お兄さんはもう私にとっての酸素です、お兄さんが居ないと私、私……っ!」

「オイ真昼、感動の再会を果たしてるところ申し訳ねェけど、そのままだとお前にとっての酸素、呼吸困難で死ぬぞ?」

「へ? ってわああっ!? ごごっ、ごめんなさいお兄さんっ!? い、生きてますかっ!?」

「お、おうともさ……」


 感極まった真昼から全力で胸に抱き締められてあやうく窒息死しかけていた青年は、ゲホゲホと咳き込みながらもどうにか親指を立てて返した。まるでお色気漫画のようなシチュエーションにも見えるが、現実的には突進+後頭部強打+頭蓋骨固めヘッドロックのコンボをめられただけである。

 とはいえその光景を目の前で見せつけられた眼鏡少女が「絶壁わたしへの当て付けか……?」と無表情な怒りをたぎらせていたことは言うまでもなかった。

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