第三六〇食 大学生と戦う決意②

「ち、ちょっと待ってくれよ千歳ちとせ! 真昼まひるが親父さんと話をつけに……って、いったいどういうことだ!?」

「はァ? いや、どういうこともなにも、オレァ亜紀あのガキからそう聞かされたンだよ」


 本当に事情を知らない様子で声を張り上げたゆうに、千鶴ちづるは垂れてくる金髪を鬱陶うっとうしそうに払いながら答える。


「そもそも今回、テメェと真昼が一緒に居られなくなったそもそもの原因は真昼の親父なンだろ? だからあの子は試験が終わったら親父ンとこまで、テメェとの関係を認めてもらえるように話をしに行くつもりなンだとよ」

「そ、そうだったのか……」

「つーかなんで当事者のテメェが把握してねェンだよ? オレァてっきり、テメェは当然知ってる話だと思って言ったンだが」

「うぐっ……」


 半眼でそう言う千鶴の言葉に、夕が胸になにかが突き刺さったかのようなリアクションを示す。たしかに今はたまたま千鶴がこの話題にれたから良かったものの、もしそれがなければ彼は最後までそのことを知らずに過ごしていたかもしれない。なにせ真昼本人の意向をんで直接会うことすら自制している夕は、現状彼女がどんな行動を取ったとしてもそれを関知することが出来ないのだから。


「いや……もしかしたら真昼は、最初から一人だけで決着をつけるつもりだったのかもしれない」

「? ンだそりゃ、どういうことだよ?」


 疑問符を浮かべる千鶴に対し、とある仮説を立てた夕は過去を振り返るかのようにそっと瞳を伏せながら続ける。


「実は半年くらい前にも似たようなことがあったんだ。夏に真昼が実家に帰省きせいした時……あの子、あやうく親父さんに一人暮らしをめさせられる直前まで行ったらしい」

「!」

「だけど結局真昼は一人で親父さんを説得して、一人暮らしを続けることを認めてもらって……俺がそのことを知ったのはお互いに帰省から戻って、久し振りに顔を合わせた後だった。あの時も俺は、真昼が大変な時に力になってやれなかったんだよな……」


 もちろんその頃の二人はまだ交際もしていなかったので、当時と現在げんざいの状況が完全に符合ふごうするわけではないのだろう。しかし真昼の性格上、夕に余計な心配は掛けまいと考えている可能性は大いにあり得る。

 つまり今回も真昼は夕にはバレないうちに、一人ですべてを終わらせるつもりだったのかもしれない。夕はこんな大事な時でも自分を頼ろうとしない少女のことが少し悲しくて、頼ってもらえない自分が情けなかった。


「――だったら、今度はテメェも一緒に行ってやりゃあいいじゃねェか」

「……え?」


 真っ直ぐ青年の方を見据みすえながら、金髪ピアスの女子大生が言う。


「力になってやれなかったことが悔しいンなら、今回はあの子の隣で一緒に戦ってやりゃあいいだろ。家森夕テメェがあの子の隣に立つのに相応ふさわしい男だってことを、テメェ自身の行動と言葉で証明してやりゃあいい」

「俺自身の、って……つまり俺も真昼と一緒にあの子の実家に乗り込んで、親父さんと直接話をするってことか?」


 その提案に驚いて目を丸くする夕に、千鶴はコクンと頷いた。一見無茶で突拍子とっぴょうしのない意見に思えるが……しかしたしかに真昼がこれからしようとしていることを考えるなら、夕が彼女の助けになれる方法はそれしか残っていないのかもしれない。


「……」


 夕はもくしてしばし考える。だが判断に要した時間は驚くほど短かった。真昼が望んでいないとしても、やはり彼女を守るのは恋人である自分の務めだ。

 それに相手が父親だろうが魔王だろうが恐るるに足らない――テーブルの対面でお日様のような笑顔を咲かせる彼女の姿を見られなくなることと比べれば。


「……フン」


 覚悟を決めた青年の表情かおを見て、千鶴は小さくもたしな笑みを唇に浮かべていた。

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