第三四六食 友人たちと朝の日没②

「――というわけであの子、昨日の夜から家森やもりさんと会うことも話すことも出来てないらしいわ」

「なるほどー、それであんなにヘコんでるんだー」

「いや、それにしたってヘコみ過ぎでしょうよ。なんなのさ、あのどす黒い雰囲気オーラは」


 今朝も真昼まひると一緒に登校してきたひよりから事情の説明を受け、亜紀あき雪穂ゆきほの二人は思い思いの反応を見せた。教室後方に固まってちらりと真昼のほうを見てみると、彼女は相も変わらず机に顔を伏せたまま身動き一つ取ろうとしない。


「でもまひるん、可哀想だよねー……ちょっとテストの点数悪かっただけで『家森夕おにーさんの部屋に行くの禁止!』とか言われるなんてさー」

「というか、そもそも期末の時のまひるの点数ってどんくらいだったわけ? そんなに酷かったの?」

「平均八〇点を若干超えてるくらい。私が見た限りではね」

「高っ。なによそれ、十分好成績じゃん! 私がその点数持って帰ったらうちの親なら泣いて喜ぶっての!?」

「まひるんのお父さんってそんな厳しい人なんだー? もっとゆるーい感じだと思ってたー。旭日明おかあさんがあんな感じだったしー、娘の一人暮らしを許してくれてるくらいだしー」

「まあ、そのお母さんの説得と真昼ひま自身の勉強どりょくありきで渋々許可された、って感じらしいけどね。だからこそ〝一定以上の成績〟のラインを厳しく設定したのかもしれないし」

「フン、どうだか。私から見りゃ、愛娘まなむすめに彼氏が出来たことを知った馬鹿親父がどうにか合法的に破局させようと目論もくろんでるようにしか見えないわ」


 同情や怒りをあらわにする友人たちに、ひよりは薄く苦笑した。特に雪穂は今にも床につばでも吐き捨てそうなくらい、あからさまな嫌悪感をゆがめた表情かおに浮かべている。 恋よりも勉強を優先しろという命令が、勉強嫌いかつ恋愛最優先の彼女と相容あいいれようはずもなかった。真昼に恋人がいることを知らない他の生徒たちには「真昼は試験勉強による寝不足でああなっている」と説明することでどうにか場をおさめたが……もしも大々的に真実を告げていれば、多くの者は雪穂と同様の反応を示していたかもしれない。


「まひるんのおうちのことはよく知らないからなんとも言えないけどー、でもあんなに落ち込んでるのを見ちゃうと放っておけないよねー」

「私が電話でガツンと言ってやろうか? 『うちのまひるを泣かせるたあ、いってえどういう了見りょうけんでい!?』って」

「なんで江戸っ子ふうなのよ……」

「あははー、雪穂は内弁慶うちべんけいだし無理でしょー。それにたしかまひるんのお父さんって警察官おまわりさんなんじゃなかったー? もしかしたら超怖い人かもよー?」

「……や、やっぱガツンと言うのは恋人の役目よね! 部外者わたしがしゃしゃり出るのは良くないわ、うん!」

「ビビるのはやー。まー直談判じかだんぱんとかはともかく、友だちとして元気付けてあげるくらいはしてあげたいよねー」


 亜紀の言葉に対し、雪穂が「うーん」と首をひねる。


「元気付けるって言ってもなあ……あの状態のまひるを元気にさせるのって無理ゲーじゃない? 前に家森やもりさんが風邪引いた時も大変だったし」

「あったわね、そんなことも……」

「たしかに、まひるんっておにーさんへの依存度高そうだもんねー。おにーさんが『真昼、俺と心中しんじゅうしてくれないか』って切実に頼んできたら『はい、喜んで!』ってついていきそー」

「居酒屋かな?」

「どういう偏見なのよ……流石のひまもそこまでではないわ。……たぶん」

「断言出来ない時点で相当だけどねー?」

「……話は聞かせてもらったぞ」

「「「!」」」


 ひたいを突き合わせてうなっているところへ突然声を掛けられ、三人は揃って顔を上げた。そこに立っていたのは眼鏡の男子生徒とくすんだ金髪の男子生徒――湯前弦ゆのまえゆずる南田涼みなみだりょうの二人。


旭日あさひを元気付ける、か……フン、実に容易たやすいな。朝飯前というやつだ、旭日だけに」

「わー、つまんなー」

「というか、なにレギュラーづらして当たり前のように会話に入ってきてんのよあんた。ややこしくなるからいつもみたいに教室の隅っこで宇宙人と交信コンタクトでもしてなさいよ、この厨二眼鏡」

「誰が厨二眼鏡だッ!?」


 雪穂の遠慮ない物言いにピキッと青筋あおすじを立てた弦は、フーッと細く息を吐き出してから続ける。


「太陽がかげれば草木も枯れゆく――俺は至極当然のことをしようとしているまでのこと」

「ユズル、何言ってんだ……? でもお前ら、旭日を元気付けようとしてるんだよな? だったら俺たちも力を貸すぜ!」


 その隣に立つ涼もグッと親指を天に向けてサムズアップ。どうやら話を聞きつけ、友人の一人として居ても立ってもいられなくなってしまったらしい。

 そんなやる気満々の二人に対して亜紀を除く女性陣は「ええ……?」と微妙な顔をしたが……そんな不安しかない友人代表たちによる真昼元気付け大作戦が今、始まろうとしていた。

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