第三〇七食 家森夕と家森真昼2
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エプロン姿で鼻唄を歌うその女は、まな板の上で小気味良く包丁を動かしていた。
1LDKの小さなマンション、
『これでよしっ、と。……もー、
二つに割ったゆで玉子をちょちょいと盛り付けたサラダをダイニングテーブルに並べ、コンロの火を止めた女が腰に両腕を当てて一人呟く。視線の先にあるのは女と
『(でもお仕事で疲れてるだろうし、もう少し寝かせてあげたいかも……ううん、ダメダメ。夕くん、朝ごはんが冷めちゃったら絶対「なんで起こしてくれなかったんだよ」って文句言うもん)』
愛する夫が子どものような不平を言ってくる様子を想像し、女はクスクスと笑みを咲かせた。そして『まったく、手がかかるんだから』と母にも姉にも似た感情を
『夕くーん? そろそろ起きて。もう朝ごはん出来てるよー?』
『……うう……ん……』
しかし男はふかふかの
『ほーらー、起きてー? ごはん冷めちゃうよー?』
ゆさゆさと掛け布団越しに身体を揺すぶってみても、結果は変わらず。女は『むう』と不満げに半眼を形作っていたが、その直後、名案でも
ニヤリと口角に浮かんだのは小悪魔の微笑。ベッドの端に膝を乗せた彼女はそのまま男の耳元に顔を寄せ――一言。
『お兄さん。起きないと、キスしちゃいますよー?』
『!』
その瞬間、男がカッと目を見開いた。『わっ!?』と驚く暇もなく、彼に腕を掴まれた女はそのままぐいっと布団の中へ引きずり込まれる。
『……起きないと、なんだって?』
『……えっ』
頭まですっぽりと
『お……起きないとキスしちゃうよ、って……』
学生時代となんら変わらぬ胸の高鳴りを覚えつつ女が繰り返すと、男は『ふーん……』と相槌を打ってから再度目を閉じてしまった。
『じゃあ……まだ起きない』
『も、もうっ、夕くんったら!? それ、ちゅーしたいだけじゃないっ!』
『
『ご、ごはんが冷めちゃったら怒るくせにぃ~っ!』
形だけ文句を言いながらも、女は自ら彼の首へ腕を回す。彼に捕まってしまった時点でもはや選択肢などありはしないのだ。彼女自身、それを分かった上で毎度捕まりにいくのだからどうしようもない。
『今日はもう、朝飯が冷めるの確定だけどな?』
『うう……ゆ、夕くんのケダモノ……』
『なんとでも。ほら、おいで』
『あっ……』
肉食動物に狩られた小動物のように身を震わせ、きゅっと両目を
――
――――
「はい、夢オチ
恋人の実家、見慣れない天井、まだ暗い窓の外、午前五時を示す手中の液晶画面。覚醒しきっていない頭で視覚から与えられる情報を整理した彼女は、「ふっ……」とどこか
「(うああああああああああッッッ!? な、なんでっ!? どうしていつもこうなのっ!? あと一〇秒、ううん、五秒あれば最高の夢になってたのに……ッ! ひ、ひどいよ、こんなのってないよっ、うわああああああああああんっっっ!?)」
いつぞやも似たようなことがあったせいで余計に悔やみきれない少女は、両腕を力任せにぎゅううっ、と引き
「あ、朝っぱらからなんだよ真昼……俺を
「ほえ? ……あ」
青い顔でこちらを見下ろしてくる青年・
「お、お兄さんっ!? もも、もしかして一晩中、私のことを抱っこくれてたんですかっ!? そ、それに腕枕までっ!?」
「いやまあ……どっちかと言えば抱きついて来てたのは君の方なんだけどな? 腕枕も積極的にやったというより、いつの間にか君の頭が乗ってただけっていうか――」
「はあぁんっ! 私のためにそこまでしてくれるなんて、お兄さんは優しすぎますっ! 大好きっ!」
「聞けよ」
「すーっ、はーっ、すーっ、はーっ……えへ、うへへへへ、あ、朝からお兄さんの匂いでいっぱい……しあわせぇ……」
「変態みたいだからやめなさい。ほら、今日から学校なんだからもう起きるぞ」
「えー、もうちょっとだけこうしてたい……あっ、そうだ! じゃあお兄さんが私にキスしてくれたら起きますよっ!」
「
夢の中の青年と同じように瞳を閉じ直す真昼と、夢の中の青年と同じような反応は示してくれない夕。しかしそんな奥手な彼のことがたまらなく
「(……でもいつかは、胸を張って
――それは、まだ少しだけ
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