第二九七食 彼の実家と女子高生


「はいどうぞ、真昼まひるちゃん」

「あ、ありがとうございます。いただきます」


 流れで家森やもり家――ゆうの実家に招かれた真昼は、日菜子ひなこが出してくれたお茶にぺこりと頭を下げる。どうやら一度ほぐれた緊張が再燃したようで、その様子を見た青年から「そんなに緊張しなくていいから」と笑われてしまった。

 本当は真昼も先日、亜紀あきに「お兄さんの地元に行ってみたい」と言った時点ではここに来たいと思っていたのだ。だが交際開始から二週間弱で親に会わせろというのは常識的ではないし、そもそも突然そんな予定をれるのは迷惑だろうと考え至り、断念したのである。

 もちろん、単純に〝彼氏の親〟に会うのが怖かったという思いもあった。思考回路の単純さゆえにドラマや小説の影響をモロに受けるこの少女は、「お前のような小娘にうちの息子はやれん!」と交際に大反対されることを危惧きぐしていたからだ。普通は男女が逆だろうが……しかし息子を溺愛できあいしている母親、という可能性だってなくはあるまい。もっとも、現実には――


「いやー、久々に帰って来たけどやっぱ落ち着くなあ、実家って」

「そう言うわりにはあんた全然帰ってこないじゃないの。こないだだってバイク取りに来たかと思ったらすぐ帰るし。でもこんな可愛い彼女さんがいたんじゃ無理もないけど……このスケベ」

「誰がスケベだ。大体その頃はまだ付き合ったりしてないっつの」

「まだ一週間ちょっとなんだっけ? 初々ういういしくて一番楽しい時期じゃないの~。ふふ、思い出すわね。私と父さんが付き合い始めた頃も手を繋ぐだけでドキドキしたものだわ」

「やめてくれ、親のめとか……おえ、吐きそう」

「あんたぶっ飛ばすわよ。どう思う真昼ちゃん、このデリカシーのなさ? 今からでも遅くないわ、他にもっと格好いい男の子を見つけたらどう? おばさん、その方が絶対真昼ちゃんのためになると思うんだけど」

「あ、あはは……」


 別の切り口から交際を反対され、真昼は曖昧あいまいに笑うことしか出来なかった。ついでに「それはそうかもしれないけど……」とばかりに口をつぐむ青年の小指に自らの小指をからめ、軽く牽制けんせいしておく。真昼は妥協して夕と付き合っているわけではないのだから、そこは堂々と胸を張っていて貰わねば困る。


「……だけど本当にびっくりよ。夕ったら中学も高校も、彼女どころか女友だちの一人も連れてこなかったんだから。たまに遊びに来るのもいつも同じ男友だちばっかりだし、てっきりに進むのかと思ったわよ」

「待って、俺かげでそんな風に思われてたの?」

「それが大学でこぉーんなに可愛い彼女さんが出来るなんてねえ。真昼ちゃんなら引く手あまたでしょうに、よっぽど上手くやったのね、夕?」

「『上手くやった』とか言うな。人聞き悪すぎるだろ」

「そ、そんなことないですよ。お兄さんは優しいし格好いいし、最初に好きになったのだって私の方ですから」

「……もしかして真昼ちゃん、よく人から『変わってるね』とか『趣味が特殊だね』とか言われる?」

「失礼だな、おい。おもに俺に対して」

「えっと……はい、わりとよく」

「そうだね、あの〝吐瀉物状のマスコットみじんぎりオニオンくん〟を可愛いと思えるのはこの世で真昼きみ千歳ちとせくらいだろうね。でもここで頷かれちゃうと、俺としてはものすごく複雑な心境になるよね」


 夕が半眼でツッコミをれる中、不意に日菜子がなにかに気が付いたように首をかしげた。


「そういえばさっきから夕のことを『お兄さん』って呼んでいるけれど、真昼ちゃんはこの子の大学の後輩、ということなのかしら?」

「あ、いえ。私、まだ高校生なので……」

「高校生!? えっ、が、学年は? 年齢としは?」

「い、一年生です。来年度らいねんで二年の一七歳になります」

「ゆ、夕、あんた……」

「やめろ、実の息子を性犯罪者を見るような目で見るな!?」


 我が子から身を引く母と叫ぶ息子。真昼の母親は年齢差交際について一切問題ナシと主張していたが、日菜子は少し違うらしい。というより、成人している子どもが未成年の恋人を連れ帰れば大抵の親は同様の反応を示すだろう。その交際相手のことをおもんぱかって、だ。

 しかし日菜子は頭を左右に振ると、「まあいいわ」と続ける。


「真昼ちゃんさえそれでいいなら、後は二人の問題だものね。私が横から口を出すべきじゃないでしょうし……まさかとは思うけど、うちの子に手を出されたから仕方なく付き合った、とかではないのよね?」

「するかぁッ!? あんた自分の息子のことなんにも信用してねえな!?」

「それは大丈夫です。どちらかと言えばくらいなので……」

「いや真昼もなんでちょっと不満そうに言うんだよ!? なにもなくて当然だろ!」

「ごめんね、この子ったら本当にヘタレで……情けないお願いだけれど、いろいろリードしてあげてくれるかしら?」

「高校一年生にどんなお願いしてんだ! というかさっきと今で真逆のこと言うのやめろよ!」

「はいっ、任せてくださいっ!」

「今日一番のイイ笑顔で答えるな、胸を叩くな!?」


 深々と頭を下げる母親と、自信満々に頷く年下の彼女。

 そんな二人の間で、青年はなんだかもう泣きたいような気持ちに駆られてしまうのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る