第二七七食 彼女の部屋とご招待①


 正月さんが日「にち」は休日、という企業は多いが、当然世の中には年末年始であろうと関係なく営業している店だってある。〝年中無休〟を売りにしているコンビニエンスストア、食料品・生活必需品を取り扱うスーパーマーケットなどがそれだ。世間が休みだからといって、猫も杓子しゃくしも休んでしまっては社会は回らない。誰かが休んでいる間も、他の誰かは労働にいそしんでいるものなのである。


「つってもレジのバイトくん、目の奥が死んでたけどな……うちのバイト先は年始休だけでもあって良かった」

「お兄さんもスーパーアルバイトですもんね。あはは、なんか〝スーパーアルバイト〟って言うと、他の人よりすっごく仕事が出来る人みたいで格好良いですねー」

「バイトリーダーかよ」


 くだらない話をしながら、俺と真昼まひるは寒空の下を並んで歩く。背負っている大きめのリュックサックがパンパンなのは、いつものスーパーで買い物をした帰りだからだ。

 大晦日おおみそか以来まともに外出していなかったこともあり、我が家の小さな冷蔵庫はすっからかんだった。冬休みで弁当を作る必要もないため、真昼の部屋にもまともな食材はほとんど残っていないらしい。あるものと言えば米とパックの切り餅、消費期限がヤバめの食パンといった炭水化物ばかりで、仕方なくこうして買い物へ出た次第である。


「というか、どうせ大荷物になるの分かってたんだからバイクで行けば良かったなあ。お、重い……」

「もう、お兄さんったら。歩いて行けるくらいの距離なら歩いた方がいいんですよ、健康的にも環境的にも。ただでさえお兄さんは運動不足ぎみなんですから」

「うっ……なんか真昼、お母さんみたいなこと言ってんな」

「そうですか? 『こらゆうっ! ダラダラしてばっかりいないで、たまには外へ出て遊んできなさーい!』、なんちゃって。ふふっ」

「(可愛い)」


 両拳を振り上げながら言ってくるお母さん真昼を恐れるどころか、むしろいやされてしまう俺。改めて思うが、なんでこんな可愛い生き物が俺の恋人になっているんだろうか。俺自身が謎だと思っているくらいだから、今日レジを打ってくれたバイトくんなどはさぞかし疑問だったに違いない。


「――それに」

「ん?」


 半歩隣を歩いていた真昼が、不意に距離を詰めながらこちらを見上げる。


「バイクに乗っちゃったら、は出来ませんよ?」

「!」


 言いながら俺の左腕に自分の右腕を絡めてくる我が恋人に、俺はドキッと心臓を跳ねさせた。照れか寒さかで頬を桃色に染めた彼女は、それでも「にひひ」と悪戯いたずらっぽく笑う。これが少女漫画だったら間違いなくれてしまう場面シーンだ……あれ? だとしたら現状、俺がヒロインということになってしまわないか?

 緊張も相まって訳の分からないことをぐるぐる考える俺に、真昼は容赦なくぴったりと密着してくる。なぜか「ふふーん」と勝ち誇るような笑みを浮かべているのは、俺が今とても恥ずかしいことを見透みすかしているからなのか。どうせ真昼じぶんだって恥ずかしいくせに。


 結局、それからうたたねハイツにくまでの数分間、真昼が俺の腕を離すことはなかった。途中で軒先のきさきの植木鉢に水をやっていたご近所の老婦人と遭遇エンカウントした際、「若いっていいわねえ」と言わんばかりの微笑ほほえみを向けられたことが本日のハイライトである。ちなみに真昼は持ち前のコミュニケーション能力を発揮し、「こんにちは!」と元気よく挨拶を返していた。無論、俺は会釈えしゃくを返すのが精一杯だったが。


「そ、それで真昼サンや。これからどうすればよろしいので?」


 二〇五号室――すなわち真昼の部屋の前までやって来たところで俺がぎこちなく問うと、少女は組んでいた腕をするりといた。片腕に感じていたぬくもりが消えていく感覚に名残惜なごりおしさを覚えてしまったのは、きっと俺だけではないだろう。


「さっきも言った通り、今日はお兄さんを私の部屋にご招待します!」

「いや、ご招待って言われても……もう何回か入ったことあるだろ」


 ようやく冷静さを取り戻した俺がそう言うものの、真昼は「ちっちっち!」と指を三回左右に振ってみせる。


「今まではお掃除とか風邪のお見舞みまいとか冷蔵庫の設置とかばっかりだったでしょう? 今日はそういうのじゃなくて、ちゃんとした〝ご招待〟なんですよ!」

「は、はあ……つまり、真昼の部屋でメシを作って食うってことか?」

「はい、そうです! あ、といっても私が料理長シェフなので、お兄さんはなにもしなくていいですよ。腕によりをかけて、すっごく美味しいごはんを作りますから!」


 そう言ってにっこりと笑ってみせた恋人がいったいなにをたくらんでいるのか、俺にはさっぱり理解出来なかった。

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