第二五四食 うたたねハイツと忘年会⑤

「いっやあ、よく食べてよく飲んだあ……これでもう私、今年に未練なんてないなあ」

「あははー、蒼生あおいさんお酒くさーい」

「そもそもあと三時間ちょっとで今年も終わりですけどね」


 アルコールに赤く染まった顔でだらしなく倒れ込んだイケメン女子大生を見て、亜紀あき雪穂ゆきほがくすくす笑った。七人分にしては量が多めだった鍋は出汁だしを除いて綺麗に食べ尽くされ、千鶴ちづるが持ち込んだかに残骸ざんがいがこんもりと山を作っている。


「あの……千歳ちとせさん、ご馳走ちそうさまでした。蟹、すごく美味しかったです」

「礼なんからねェよ、どうせただの貰いモンだ。……つーか食ってる最中から思ってたが、ひよりおまえはすげェまともなヤツらしいな。真昼まひる友達ダチなのに」

「え」

「ど、どういう意味ですか千鶴さん!? それじゃあまるで、私のお友だちはまともじゃない人ばっかりみたいじゃないですか!?」

「一〇〇パーセント変人しか居なかったから言ってンだよ」


 双方真面目な性格ゆえか意外と波長が合ったらしい金髪女子大生と武闘派少女が言葉をわし、真昼ならびに変人女子高生二名が「異議いぎありッ!」と手をげる。そして蒼生がそんな光景を缶ビール片手に楽しげに眺めていた時、ふとゆうがカニ鍋の残り汁を別の鍋へ移し替えていることに気付いた。


「あれ、夕ってばもう後片づけしてんの? じゃあ私も手伝うよ」

「ああいや、違う違う。今からコレ使おうと思ってさ」

「使う……? ……ハッ!? ま、まさか夕、うら若い女子高生たちが直箸じかばしでつついた鍋の汁をよからぬことに使つもりじゃ……!?」

「どういう想像力してんだよ……そんなしょうもないことくわだてるバカなんて世界中探しても青葉おまえだけだっつの」


 はわわと口元に手を当てる蒼生を雑にあしらって立ち上がった青年は、出汁を移した鍋をカセットコンロに設置して再度火にかけていく。具材の消えた鍋つゆを沸々ふつふつと煮立たせている間に台所へ戻り、持ってきたのは流水でさっと洗った足切りなめこと刻んだオクラ、そして――


「あ……もしかして、お蕎麦そば?」

「おう。やっぱり大晦日おおみそかといえば年越し蕎麦だろ。せっかくカニの旨味が溶けたスープが残ってるんだしさ」


 答えながらなめことオクラを出汁に加え、ある程度火が通ったところであらかじ湯通ゆどおししておいためんも投入。ムチンやらペクチンやらのおかげでとろみがついたカニ鍋つゆが蕎麦と見事にからみ合い、既に満腹だったはずの高校生たちが一様にごくりと喉を鳴らす。真昼に至っては瞳をキラキラ輝かせ、底なしの胃袋からきゅるる、と可愛らしい腹の虫の声を聞かせてしまったほどだ。


「シメの蕎麦、食う人ー?」


 全員が即座に――唯一、千鶴だけは少しだけ躊躇ためらいを見せたが――挙手きょしゅしたのを確認した後、夕は七人分のわんに蕎麦と出汁を均等になるよう分けていく。そして最後にネギと刻み海苔のりを散らし、好みで七味唐辛子を振り掛ければ完成だ。


「んうぅ~っ! このお蕎麦めちゃくちゃ美味しいです、お兄さんっ!」

「そうか、それはよかった。流石にカニが入るのは予想外だったけど、おかげですごい贅沢な蕎麦になったな」

「んっまっ!? ナニコレ、つるつるしてるからいくらでも食べられるんですけど!?」

「ねー。お蕎麦は太りにくいって聞くし、あんだけ食べた後でもそんな罪悪感ないしさー。ねー、ひよりーん?」

「ん……美味しいね」


 夕特製のシメ蕎麦は高校生たちにもなかなか好評だったらしく、また壁際で本日八本目を飲み干した蒼生も、ピリリと辛味からみの効いたスープに口をつけて「ほう」と熱い吐息を吐き出す。どうやら酒のシメとしても優秀だったようだ。


「いやあ、夕もなかなかあなどれない料理を作るようになったよねえ。去年、自炊を始めたばっかの頃なんてカップ麺の残り汁をご飯にかけて食べてたのにさ」

「イヌかテメェは。せめてもうちょっとマシなモン食いやがれ」

「う、うるせえな……別にいいだろ、アレだって美味うまいんだから」

「あはは、ごめんごめん。別に文句があったわけじゃないって。ただ変わったなあって思っただけ」


 そう言って柔らかく笑うと、イケメン女子大生はちらりとJK組の方を見やった。あっという間に蕎麦を食べ終えたらしい少女たちは、食後のお茶を飲みながらわいわい話し込んでいる。


「今年はあの子たちのおかげで色々あったねえ」

「……そうだな」

「……」


 壁に背をつけて座る大学生組の三人は、それぞれにあの高校生たちとの思い出を振り返る。

 この一年間――厳密に言えば最も付き合いが長い夕と真昼でも出会ってからまだ八ヶ月くらいだが――、本当にいろいろなことがあった。体育祭に夏の海、二つの文化祭やクリスマス、その他とるに足らないような日常の一コマ。それら全ては今年の春、夕が隣室のドアの前でうずくまっていた一人の少女に声を掛けた瞬間から始まったのだ。


「(……あの日、あの子に声を掛けて本当によかった)」


 もしも面倒ごとを嫌って無視していたら、あるいは真昼が夕の助けを受け取っていなかったら――きっと今日、この光景は生まれていなかっただろうから。我ながら柄じゃないなと苦笑しつつ、それでも夕は心の底からそう考えずにはいられない。

 彼が見つめるその先で、隣人の少女もまた同種の微笑ほほえみを返してきたような気がした。

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