第二四七食 家森夕とクリスマス④

「そういえば、千歳ちとせのバイクに乗って出掛けてたのはそのクリスマスプレゼントを買うためなんだっけ?」


 室内に充満じゅうまんした気恥ずかしい空気がようやく霧散むさんした頃に俺が問い掛けると、隣人の少女は「はっ! そ、そうでしたっ!」と肩を揺らし、部屋の墨に寄せてあった自身のリュックサックへ手を伸ばす。


「えへへー、本当は明日の朝買いに行くつもりだったんですけどね。千鶴ちづるさんが『乗せてってやる』って言ってくれたんです!」

「うん、それはさっき聞いた」


 ニコニコ笑顔の真昼まひるに対し、「夜間のバイク二人乗りは特に危ないからやめてほしかった」などと口にするのはこの場では控えておくこととする。先ほどのことを反省して空気を読んだというのもあるが、それ以上に千歳を信頼している、という意味を込めて。この子のことを相当気に入っているらしいあの金髪女子大生なら、わざわざ口にせずとも最上級の安全運転を心掛けてくれたはずだ。

 あとはまあ……俺もつい今しがたまで夜のツーリングへ出掛けていたわけなので、自分のことを棚上げにして「夜のバイク、ダメゼッタイ!」なんて偉そうに言うのははばかられた、という理由もほんの少しだけあったりする。お説教ブーメランがじぶんの頭に刺さる場面はこれまでにも何度かあったしな、主に栄養管理・生活習慣的な意味で。


「……で? こんな夜遅くにわざわざ買いに行ったってことは、よっぽどこだわりのある店でもあったのか?」

「んっと、こだわり、ってほどでもないんですけど……でもお兄さんへのプレゼントはぜっっっっったい! あそこで買いたいなって思って」

「うん、そういうのを一般的に〝こだわってる〟って言うんだけどな」


「絶対」をものすごく強調した少女に頬を緩ませつつ、彼女がごそごそとリュックの中身をあさるのを待つ。そのかん、俺はずっと背中の後ろに隠していた手繰たぐり寄せ、真昼に手渡す準備をした。

 俺の手の中にあるコレこそ、俺がついさっきツーリング改めナイトショッピングにおもむいて購入してきたクリスマスプレゼントだ。聖夜の贈り物に相応ふさわしく、赤い包装紙に緑色のリボンが結ばれている。宛先あてさきは当然、目の前に座る少女。


 正直、このプレゼントを買うのは結構大変だった。別に大人気の商品で品薄しなうすだから、とかそういう意味ではなく、単純に俺に資金力とセンスの二つが欠如しているから、というザンネンな理由によるものであるが。

 まず前者の資金力に関しては今さら掘り下げるまでもなかろう。万年金欠カツカツの俺には立派なプレゼントを用意するだけの元手もとでがなかったのだ。一応冬休みに入ってからバイトのシフトを増やしたりもしてみたが、どちらかと言えば風邪で寝込んでしまった数日間を取り戻す意味合いが強い……というかクリスマス直前に慌ててシフトを増やしたところで、そのバイト代が反映はんえいされるのは来月の給料日なのだからどうしようもないのだけれども。

 そんな状況でものプレゼントを購入できたのは、真昼のお陰で一人だった頃よりも浮くようになった食費のお陰だろう。もちろん一月ひとつき単位ではなけなしの金だが、数ヶ月分を束ねればプレゼント一つを買うくらいの余裕は生まれる。真昼のお陰で浮いた資金なのだから、彼女に還元したとて誰も文句は言うまい。


 しかしそこで立ちはだかったのが後者、すなわち俺のプレゼント選びに関するセンスのなさだ。

 クリスマスを〝楽しいもの〟として認識してこなかった俺は、いわゆるクリスマスパーティーをしたこともほとんどない。家族を除けば去年、青葉あおばたちと開いたもの――忘年会を兼ねていつもの安居酒屋で飲んだだけだが――くらいではなかろうか。とりあえず〝年下の可愛い女の子にプレゼントを贈る〟なんて場面シーンが過去、俺の人生の中に存在しなかったことだけは間違いない。

 よって俺は今日の夜――バイトの都合次第では明日の朝になっていたかもしれないが、とにかくプレゼントを買いにバイクを走らせている時点では完全に無策だった。とりあえずたくさん店が並んでいるところへ行き、その場のノリで選ぶことにしたのである。ちなみに『年下 女の子 クリスマスプレゼント』のキーワードで事前にネット検索もかけてみたが、ヒットしたのは大半が〝年下の恋人へ向けたプレゼント〟だった。それが俺の求める答えではなかったことは言うまでもない。


 だが結果的に、俺はわりとすんなりと手の中のコレを真昼へのプレゼントに決めた気がする。もちろんいくつかの店を見て回りはしたが、「これだ!」と思えたのはコレだけ。完全に直感頼りだし、自分のセンスにまったく自信がないくせにそんな選び方をしていいのか、と思わなくもないが……真昼なら喜んでくれると信じたい。少なくとも以前、を真昼にあげた際は喜んで使ってくれた――いな、くれているわけだしな。


「はいっ、お待たせしました!」


 俺がそこまで考えたところで、真昼がこちらへ向き直った。見れば彼女が手にしているのはクリスマスにぴったりな、赤い包装紙に緑色のリボンが結ばれたプレゼント……って、あれ?


「えへへー、実は私、前にお兄さんが肉じゃがの煮汁でシャツを汚しちゃった時からこれにしようって決めてて――って、あれ? お兄さん、それは……?」


 どこか得意気に解説を始めようとした少女が言葉を中断した理由は、俺が手にしていたを呆然とローテーブルの上に乗せたからだ。それを見て真昼は、まだ自分の手の中におさまったままのを、同じく呆然と見下ろす。

 そう――俺と真昼はまったく同じ大きさ・形・ラッピングのプレゼントを用意していたのだ。


「「……え? …………え?」」


 一度目の「え?」で揃って首をかしげ、二度目の「え?」で互いの包みを交換する俺たち。せっかくのプレゼント交換、いわばクリスマスの醍醐味だいごみとも言うべき瞬間にしてはあまりにも抜けた空気だが、そんなことを気に掛けている余裕はなかった。

 呆然としたまま包みを交換し、呆然としたままリボンをほどき、呆然としたまま中身を開き。その中から飛び出してきたのはやはりと言うべきか、まったく同じ品物だった。


 それは以前真昼と訪れたショッピングモールの三階、キッチン用品を多数品揃えしている専門店で購入したエプロン。色落ちしにくい素材に撥水はっすい撥油はつゆ加工がほどこされた職人向けの仕様でありながら、どこか家庭用の温かさが残されたそれらを、俺と真昼は目を点にしたまま間抜まぬけな動作で持ち上げてみる。

 まったく同じ、とは言ったがもちろんカラーリングとサイズだけは違う。俺が選んだのは可愛らしい桃色、真昼が選んでくれたのはシックな黒色。ただ逆にそれ以外はメーカーからブランド名まで、なにまで完全に一致。


「……ぷっ」

「……ふふ、あはははっ!」


 たっぷり一分以上も無言を貫いたのち、俺と真昼はどちらからともなく吹き出していた。年齢や性別はもちろん、趣味もセンスもまるで異なるはずの俺たちが互いに内緒で選んだプレゼント、それが完全一致する確率とは、果たしてどれくらいのものだろうか。

 あるいは、もしかしたら。


「(真昼も、俺と同じことを考えてくれたのかもしれないな)」


 俺と彼女を繋いだきっかけ――すなわち〝料理〟に関するものを送りたい、と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る