第二三四食 千歳千鶴とアルバイター①


 オレという人間は、容姿ようしという一点において最も不遇な女なんじゃないかとつくづく思う。

 いや、この言い方は少々語弊ごへいがあるかもしれない。別にこれまで生きてきた二〇年間の中で不細工ぶさいくだの醜女しこめだのと揶揄やゆされた覚えがあるわけでもなんでもないんだ。かといって美人と呼ばれた経験が多いわけでもないから、客観的に見たオレの容姿は〝ちゅうの中〟か〝中の〟、あるいは〝下のじょう〟くらいなんだろう。主観的な評価と比べても齟齬そごはない。

 オレが言ったのはそういうハナシではなく、なんと言えばいいのか……〝外見ツラ内面なかみの不一致〟に関することだ。


 たとえば、だ。想像してみてほしい。

 目の前にオッサンが一人いる。トシはおおよそ四〇代~五〇代、身長一八〇センチの体重一一〇キロ。日サロで焼いた小麦色の肌の下にははち切れんばかりに筋肉が盛られていて、シワが刻まれ始めた顔面には溌剌ハツラツとした笑顔が浮かび、人工インプラントではないかと疑うほどの白い歯に太陽の光がピカッと反射している――とまァ、これくらいでいいだろう。

 思い浮かべたか? それじゃあ次だ。


 そのオッサンに〝ふわふわ金髪縦ロールのカツラ〟と〝ヒラヒラしたショッキングピンクのドレス〟、〝身長を一〇センチは盛れそうなハイヒール〟を装着させ、コテコテの厚化粧をほどこした上で、どこぞのセクシー気取りがやりそうな誘惑ポーズを取らせてみよう。

 ……思い浮かべたか? 嘔吐えずきたくなる気持ちは分からなくもないが、爆誕したその化け物オッサンを断片塵も残さず記憶野から消し去るのはもう少しだけ待ってほしい。


 では、率直に聞こう――どう思った?

 ちなみに、ここで「人の趣味は十人十色じゅうにんといろ」だとか「本人が楽しんでいるならそれでいいじゃないか」と言える出来た人間は、しかし今だけはその素晴らしい倫理観りんりかん仕舞しまっておいてくれ。もちろん今後、現実にそんなオッサンに類する方々と出会うことがあった際には是非とも優しく接してあげてほしいが、こと今回に限ってはそういう答えを求めているわけではないんだ。

 ヒトの多様性だの無数の価値観だの、そういう複雑かつ社会的な考えをえて無視した上で結論を出してみよう。頭の中に思い浮かべたドレス姿のオッサンが、美しい花々が咲き乱れる楽園の中でアハハウフフと笑いながらこちらに手を振り、そのたくましい肉体由来の膂力りょりょくかして全力疾走してくる絵面えづら

 そんな、明日の夢に出ること間違いなしの地獄絵図を想像してもらった上でもう一度聞こう――どう思った?

 ぶっちゃけ、大多数の感想は「怖い」「キモい」「逃げ出したい」のいずれかに収まるんじゃないだろうか。いや、世の中には素で「眉目好みめよい」「素敵」「抱き締めたい」と思う稀有けうな人々もいるかもしれないが、しかし前者三つの感情を抱く人間の方がきっと多いはずだ。


 それでは、そのオッサンを可愛らしい少女に置き換えてみたらどうか。もちろん初老でもなければムキムキでもない、金髪と桃色のドレスがよく似合う西洋人形のような美少女。そんな少女が遠くからこちらに手を振り、とてとてと覚束おぼつかない駆け寄ってくる絵面を思い浮かべてみてほしい。さて、どう思った?

 おそらく、大多数の感想は「可愛い」「綺麗」「愛らしい」のいずれかに収まるだろう。「みにくい」「ダサい」「おぞましい」と答える人はそう居ないはずだ。

 まァこれらはあまりにも極端すぎる例だが、要するに何が言いたかったのかといえば〝人には似合う物と似合わないものがある〟ということ、そして〝その似合う似合わないはおよそ先天的な容姿に左右される〟ということである。


「(……相変わらず、似合わねえ……)」


 バイト先の事務所、姿見すがたみの中に映る自分の格好を見て、オレ――千歳千鶴ちとせちづるは内心でそんな愚痴ぐちをこぼしていた。鏡に映る目付きの悪い女が着用しているのは、フリルがふんだんにあしらわれた明るいデザインの制服ユニフォーム。普段はジャケットやデニムばかりに頼っている自分が着用しても「怖い」「キモい」「逃げ出したい」だけのさまに、改めてため息をいてしまう。


「あらぁん? もう来てたのねん、千鶴ちゅわん。相変わらず似合わないわねぇん、その制服」

「……あんたにだけは言われたくねェっす、店長」


 そう返しながらオレが目を向けた先にいたのは、先ほど思い浮かべてもらったオッサンを三割酷くして具現化したかのような異形いぎょうだった。生物学的にオスなのかメスなのかさえ容易には判別出来ないコレこそが、オレのバイト先であるケーキ屋の店長である。


「あらぁん、ヒドイこと言うのねぇん。こぉんなに愛らしい生き物、世界中探したってそう易々やすやすとは見つからないんよぉん?」


 独特な濁声だみごえで話す店長を「はァ、そっすか」と適当に受け流すオレ。いや、別に彼――彼女かもしれない――のことが嫌いなわけでも、特別に不仲というわけでもない。この程度のやり取りなど日常茶飯事だし、お互い真剣に取り合う気がないというだけのことだ。実際、店長の方も「あ、そうそぉん」と早くも話題を転換してくる。


「実は今日から二日間だけぇん、臨時のバイトの子が来るからねぇん」

「(あァ……そういや、毎年クリスマスは売り子をやとうとか言ってたな)」


 うちのケーキ屋は大した店ではなく、基本は店頭販売しか行っていない。そのため平時のスタッフ数はそれほど多くないのだが、流石に一年で最もケーキが売れる日――すなわちクリスマスイヴだけは人手が足りないため、売り子を増員して業務に当たるのだ。

 余談だが、クリスマス当日のケーキの売上は前夜イヴの半分にも満たないと言われている。いや、それでも普段よりはよほど大きな売上になるのだろうが。


「あ、噂をすれば来たみたいねぇん。千鶴ちゅわん、教育はあなたに一任するからぁ、しっかり明日までに使える状態にしておいてねぇん」

「はァ、まァ……って、ん?」


 たった二日いるだけの新人の教育なんて面倒くせェ、と考えかけていたオレは、しかし目の前に現れたの姿を認めて思わず目を丸くした。


「ごめんくださいっ! き、今日からアルバイトとして二日間お世話になります、旭日真昼あさひまひるですっ! よろしくお願いしますっ!」

「ンなっ……!?」


 驚き、絶句する一方で、オレは「この子ならここの制服ユニフォームもよく似合うだろうなァ」という場違いな感想を脳裏によぎらせていた。

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