第二三五食 千歳千鶴とアルバイター②

「お、同じく冬島雪穂ふゆしまゆきほです! よろしくお願いしま――あれ? この人ってたしか家森やもりさんの……?」


 旭日真昼あさひまひるの隣で眼鏡を掛けた少女――こちらもどこか見覚えがある――がガチガチに緊張した様子で挨拶をし、そしてオレの顔を見た途端にぱちくりとまばたきをする。そのかん、オレはただただ似合わないケーキ屋の制服姿のまま、現れた女子高生二名の顔を見比べることしか出来なかった。

 だって、まさか思いもよらないだろう――人知れず、大学の知人にも隠し通してきたオレのバイト先、そこにやって来た新人アルバイターが両方顔見知りだなんて。


「あ、あれっ、千鶴ちづるさん!? どうして千鶴さんがこのお店に!?」

「いや……それァむしろオレが聞きてェんだが……」


 最近なにかと遭遇率の高い少女が驚きのリアクションを取る一方で、オレはそれだけ返すのが精一杯だった。本当に、どうしてコイツらがここにいるんだ。

 一瞬だけ、唯一〝千歳千鶴オレがケーキ屋で働いている〟という情報を持っている家森ヤロウがねかと疑ってしまったが、冷静に考えてそのセンはあり得まい。どこかの青葉バカのおふざけならまだしも、あの爬虫類野郎はそういう真似はしねェタイプだ。つまり、コイツらは偶然ここのバイトを受けたということになるのか? いったいどんな確率だよ……。

 オレが立ち尽くしていると、後方のカウンターからのそりと出てきた店長が「あらぁん」と濁声だみごえを上げる。


「申し込みの電話でちょこぉっとだけお話して、後は軽く履歴書に目を通しただけだったから不安だったけどぉ、なかなか可愛い子たちが来たわねぇん?」

「で、デカッ!? えっ、えっと……?」

「あ、その声……もしかして店長さんですか?」


 控えめに言っても常軌じょうきを逸している巨漢――あるいは大女かもしれない――を前にひるむ眼鏡少女。それに対し、初見でオレの目付きを怖がらなかった少女の方は今回も平然と店長に向き直っていた。……オレが言うのもなんだが、やっぱこの子の感覚ってズレてるよな……。


「そうよぉん、アタシがこの店の店長。源氏名げんじなは〝ミス・フラワー〟」


「ミス……?」と眼鏡少女が怪訝けげんそうに眉根を寄せたのは見間違いではないだろう。


「短い間だけどよろしくねぇん、真昼ちゅわんに雪穂ちゅわん。といっても実際の指導はこっちの千鶴ちゅわんにやってもらうわけなんだけどぉ……もしかして三人、お知り合いなのかしらぁん?」

「……まァ、一応」


 どうにかオレがそう答えると、店長はにんまりと口端くちはり上げて「それは何よりねぇん」と頷く。


「真昼ちゅわんと雪穂ちゅわんにやってもらうのは基本的にお客様の呼び込みとクリスマスケーキの販売だけよぉん。お金の管理とか細かい仕事は千鶴ちゅわんにやってもらうつもりだから心配しなくていいわぁん」

「は、はい!」

「り、了解っす」

「ふふぅん、そんなに緊張しないでいいわよぉん。二人ともうちの制服を着たらとぉってもキュートになりそうだものぉ。アタシの次によく似合うと思うわぁ」

「(毎度ながら、その謎の自信はどっから来てンだ……)」


 ここの制服ユニフォームの似合わなさについてはオレも大概だが、それでもこの店長よりはまだマシだ……と自分では思っている。この二人、特に容姿が非常に整っている旭日真昼となど比べるべくもない。

 だが彼女らがこの制服を着たらさぞや似合うだろうというのは同感だった。少なくともオレが接客をするよりも間違いなく集客率、すなわち売上の伸び幅は大きくなるに違いない。もっともこの点に関しては容姿云々以前に、オレに愛想というものが圧倒的に欠如しているせいなンだろうが……我ながら、なにを血迷ってバイト先に接客業を選んだのかと問いただしたくなる。まァ九割方、ここのロゴマークやケーキの包装や可愛くて気に入ったからというだけなンだが。


「今日もお客様は多いだろうけどぉ、本番あしたに向けた練習だと思って頑張ってねぇん。それじゃあ千鶴ちゅわん、後はよろしくぅ」

「はァ……」


 のっしのっしと厨房の方へ戻っていく店長を見送った後、女子高生二名と事務所に残されたオレは「あァーっと……」と場繋ぎ的な間投詞を口にする。普段は人付き合いなんざ気にもしねェが、これは給料が発生するれっきとした仕事の一環、ましてや相手は共に知り合い。いくらオレでも気を遣うに決まっている。かといって咄嗟とっさに上手く空気を回せるほどの器用さなど持ち合わせているはずもなく。

 人見知りなのか、直接言葉をわした覚えがほとんどない眼鏡少女が気まずそうに肩を縮めかけたその時、キョロキョロと物珍しそうに事務所の中を眺めていたもう一人が口を開いた。


「おー、お店の裏側ってこんな感じになってるんですね! 私、初めて見ました!」

「そ、そうかよ」

「はいっ! それにまさかアルバイト先に千鶴さんがいるなんてビックリです! すっごく怖い人がいたらどうしようって不安だったんですけど、そんなの吹っ飛んじゃいました! えへへっ」

「(くっ、相変わらず可愛い……!)」


 少女の人懐っこい笑顔を前に、思わず口元を押さえて顔をそむけるオレ。……あの爬虫類野郎、よくこんな子から全幅の好意を寄せられてるってのに平気でいられンな。この笑顔で「好き」っつわれたら普通、男ならなびきそうなモンだが……いや、青葉アレと日頃からつるんでるようなヤツを〝普通〟とは呼ばないのか。

 それにしても、この子が笑っただけで周囲が明るく照らされたような気さえしてくるンだから不思議だ。……生物学上は同じ分類に属しているはずなのにこの凄まじいまでの格差をの当たりにしてしまうあたり、オレはやはり最も不遇な女なのかもしれない。


「まァ……とりあえず着替えてくれ。一つずつ仕事、教えてくから」


 そんな取り留めもないことを考えながら、オレは二日間限りの後輩たちを更衣室へと案内するのだった。

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