第二三二食 自炊少女と病人食⑤
「ンじゃ、オレァもう帰るからな」
「え、あ、ああ」
「なんか悪いな、
「うるせェよ、ただの見舞いにいちいち謝ってンじゃねェ」
「お前ってほんと、顔に似合わず優しい奴だよな」
「うるせェっつってンだろ! あと『顔に似合わず』は余計だ! ったく、毎度
高等部の文化祭のことを思い出しているのか、しかめっ
「今度は普通に
「……ふ、フン、考えておいてやる」
どこまでも素直じゃない態度を取る友人に「こいつこそツンデレだよなあ」と心中でこぼす。不興を買うことは目に見えているので、わざわざ口に出すような
すると千鶴が「あァ、そうだ」と呟き、脇に置いてあったビニール袋をテーブルの上に置いた。中にはリンゴやミカンがどっさりと入っているのが見える。
「やる」
「あ、ありがとう」
ここで「これ、お見舞いの品ね」とは言わないあたりが千鶴クオリティーらしい。
「それにしてもすごい量だな……買ってきてくれたのかよ?」
「
「なんだ、在庫処分かよ……って、お前ってバイトとかしてたっけ? ああ、バイク屋とか?」
「バイク屋から
「じゃあどこだよ?
「……。……ケーキ屋」
「け、ケーキ屋? へ、へえ、そりゃまた……い、意外だな?」
「う、うるせェ!? どうせ似合ってねェよ、悪かったな!」
別に夕は「似合っていない」とは言っていないのだが……しかし照れ隠しのためか、いつも以上の悪人面で睨み付けてくる様はたしかにケーキ屋さんとは程遠い気がした。
「で、どこのケーキ屋だ? この辺なんだろ?」
「教えるわけねェだろ!」
「なんでだよ、せっかくだしクリスマスケーキとか買いに行かせてくれよ」
「絶対言わねェ! てめェに知られたらどっかのバカも来るだろうが!」
「……な、なんかごめん」
「えっ!? 千鶴ちゃんあそこのケーキ屋さんでバイトしてんの!? よーし、じゃあ今度お店まで見に行くよ! もちろん夕も行くよね!?」とはしゃぐ姿が容易に想像できるどこかのイケメン女子大生を想起し、それ以上の追及を
「と、とにかくてめェは薬飲んでさっさと寝ろ! もし長引かせでもしやがったらぶっ飛ばすぞ!」
「病人にその仕打ちは酷すぎる……」
夕の手元から
そんな彼女の背中にもう一度投げ掛けた「ありがとな」という言葉が果たしてきちんと届いたのかは、青年には判別出来なかった。
★
それから二日後、私立
「おっはよー!」
三日前とは打って変わり、真夏の太陽よりも
「おはようっ!
「まひるんおはよー」
「おはよ。……その様子だと〝お兄さんへ〟、もう良くなったんだ?」
「うんっ! 今日は三日ぶりに一緒に朝ごはん食べてきたんだ! それにお兄さん、『真昼が雑炊作ってくれたおかげだよ』って言ってくれたの! えへへーっ! どう、どうっ!? すごいでしょっ!?」
「うぉうあぉううぉうっ!? わ、分かったから手掴んだままそんなブンブン振んないでっ!? 取れるとれる、肩取れるっ!?」
ハイテンションな真昼に文字通り振り回される眼鏡少女を眺めつつ、亜紀は「いやー、よかったよかったー」と
「ここんとこまひるん、ずっと
「まあ、ちょっと元気になりすぎだけどね……朝から『お兄さんが』『お兄さんが』ってうるさいくらい聞かされたよ」
「あははー、それはご愁傷さまー」
少女の直射日光を単身浴び続けた
「でもほんとよかったよー。まひるん、元気なさすぎて先生たちからも心配されてたもんねー。現国の先生とか露骨にオロオロしながら『あ、
「それはあんたが常習犯だからでしょ……普段が優等生なあの子が突然ああなったら先生たちだって心配するわよ」
「なにその〝雨の日に仔犬を拾う不良〟の逆バージョンみたいなのー。でも実際、まひるんってちゃんと勉強してたのかなー? 週明けすぐに期末だよねー? おにーさんのこと心配しすぎてなにも手に付かなかったりしてないー?」
「いくらあの子でもそれはないと思うけど……」
そう言いながらも、雪穂を直射日光で焼いている最中の真昼を見るひよりの瞳には、どこか心配そうな色が混じっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます