第二二八食 自炊少女と病人食①
★
「ふんふん、ふふーん、ふふふふーん……これでよしっと!」
午前七時頃、うたたねハイツ二〇五号室から少女のご機嫌な鼻歌が聞こえてくる。発生源はしっかり冷ましたお弁当箱をランチクロスで包んでいる
お弁当デビューを果たしてからというもの、彼女はほぼ毎日のように早起きして自分の昼食を用意している。
「そろそろもう一度お兄さんに食べてもらおうかなあ、うへへへ……」
ふにゃふにゃした笑みを浮かべた真昼がポッと頬を染めていた時、ちょうど彼女の携帯電話がちゃらんちゃらんと特徴的な着信音を奏でる。少女が個別に設定している、〝お兄さん〟用のリングトーンだ。
すぐにエプロンの裾で手を
「もしもし、お兄さんですか? おはようございますっ!」
雷雨の夜の一件以来、青年と通話することがすっかり好きになってしまったらしい少女は、元気いっぱいな声で朝の挨拶を電波に乗せる。それに対し、電話の向こうから聞こえてきたのは――
『おはよう……ごめん真昼、今日からしばらくうちに来るのは控えてもらっていいか……?』
「――」
瞬間、少女は靴箱の上に置いてあった
「どっ!? どどどっど、どういうことですかお兄さんっ!? もうお兄さんの部屋に来るなって!?」
「うわあっびっくりした!? は、話聞いてたか!? 来るのは控えろって――ゴホッ、ゴホッ!?」
「! お、お兄さん!?」
いきなり入ってきた少女に驚きのリアクションを取れたのも束の間、口元を押さえて咳き込む青年――
そしてなにより、夕の顔色がものすごく悪い。これはもしかしなくても――
「か、
「おう、やられちまったみたいだ……ゴホッ」
棚から取り出したマスクを装着し、真昼にもそれを
「昨日からやけに寒気がするとは思ってたんだけどな……今朝起きてみたらこれだよ。つっても熱も大したことないし、寝てりゃ治るレベルだろうけど……でも
「そ、そういう意味だったんですか……」
事情を聞き、なんらかの理由で出禁を食らったと早とちりしていた真昼はホッと胸を撫で下ろ――しかけて、イヤイヤそうじゃないとブンブン首を振った。
「そ、それなら私が看病します! 前に私が倒れた時もお兄さんにお世話になっちゃいましたし……!」
「アホ、
「で、でも私、テストよりお兄さんの方が心配でっ……!」
「はは、相変わらず
一つくしゃみをした青年は、ズズッと鼻をすすりながら続ける。
「とにかく、気持ちだけ貰っておくから真昼は自分のことだけやりな。
「あ、あうう……じ、じゃあせめてお
「
「そ、それじゃあ寝汗をタオルで拭いたりとか、寝ているお兄さんに寝返りを打たせたりとか、お布団を蹴っ飛ばしちゃったら掛け直したりとか……!」
「俺は生後数ヶ月の赤ん坊か」
いつも以上に
「心配してくれるのは嬉しいけど……俺は、俺のせいで真昼に迷惑を掛けるのが一番苦しいかな」
「……っ!」
困ったような表情でそんなことを言われてしまうと、なおも食い下がることなど出来るはずもなく……結局、真昼は夕の部屋からやんわりと追い出されてしまうのであった。
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