第一九一食 旭日真昼と〝彼〟の話②

 歌種うたたね大学とその附属ふぞく高等学校――すなわち真昼まひる亜紀あきが通っている高校は、地図上で見れば隣接した敷地に建てられている。しかし大学側の正門と高等部側の正門はそれぞれ別の通りに面しているため、真昼たちはいつもの通学路とは違ったルートで帰宅していた。その辺の小路こみちに入れば通学路の方まで出ることも出来たが、「せっかくだし普段あんまり歩かないとこから帰ろー」というゆるふわ系少女の無邪気な一言により、こちらの道を使うことになったのだ。


「(お兄さんは毎日、この道を原付バイクで走ってるのかな……)」


 ちらりと車道の方を見て、そんなことを考える。実際にゆうがこの通りを利用しているかは知らないが……ヘルメットの下で欠伸あくびを噛み殺しながら通学する青年の姿を思い浮かべ、真昼はくすくすと笑みを漏らした。


「なになにー? またおにーさんのこと考えてるのー?」

「! かか、考えてないよっ!?」

「はい、ウソー。まひるんって、ほーんとウソつくの下手だよねー」

「うぐ……」


 彼からも言われた経験があることを同様に指摘されて赤面する真昼。夕のことが好きだと自覚できた今、もはや彼や友人たちに対して彼への好意を隠す必要などないと分かっているのに、どうしても恥ずかしくて咄嗟とっさ誤魔化ごまかそうとしてしまうのだ。これは十分に悪癖あくへきと言えよう。

 たとえば先ほど話題に上がった雪穂ゆきほなどは、本人はもちろん真昼たち友人の前でも、蒼生あおいに対する想いの丈を堂々とひけらかしている。それこそ、亜紀たちから「うるさい!」と言われるくらいに。あそこまでけになる必要はないかもしれないが、しかし今の真昼が見倣みならうべきはあの眼鏡少女の姿勢なのではないだろうか。


 想定してみる――〝もしも雪穂が蒼生のことを考えてニヤニヤしているところを亜紀に目撃されたらどうするか〟?


『おっ、聞きたい!? 今、蒼生さんのどこがカッコイイと思うかを考えてたところなんだけど、聞きたい!? え、興味ない!? そんな遠慮しなくていいって、ちゃんと一から一〇まで聞かせてあげるからさ!』


「(む、無理だ……!)」


 自分が雪穂と同じように夕の話をまくし立てている様子を思い浮かべてみたものの、とても真似できる気がしない。というか親友ひよりに「うるさい」と張り倒されるような未来しか見えない。

 だが〝好意を包み隠さず表現する〟という部分は重要だろう。恥ずかしがって言葉をにごしていたら、あの鈍感な青年がなにも察してくれないであろうことは想像にかたくない。そういう結論に至ったからこそ真昼はあの夜、「もう逃げない」と宣言したはずなのだ。

 一昨日だって勇気を出して「夕くん」と呼んでみたからこそ、彼から新たな反応を引き出すことが出来た。ならばもっと積極的に、押して押して押しまくれば――!?


「んにゃー、それはどうかなー?」


 そんな真昼の短絡的たんらくてきな発想は、クラス一のモテ女こと赤羽あかばね亜紀の言葉によって否定された。


「恋愛相談で〝押して駄目ならもっと押せ〟って答える人もいるし、それも別に間違ってるわけじゃないんだけどー……でもまひるんとおにーさんにそんなやり方がオススメかって聞かれたら、全然そんなことないと思うんだよねー」

「そ、そうなの?」


 冗談とはいえ「押し倒して既成事実を――」などと言っていた少女と同じ口から出た意見にしては、かなり控えめな発言であるように思える。


「普通に学校のクラスメイトとか先輩、後輩が相手ならそれでもいいんだよー。だって積極的な子と消極的な子がいたら、そりゃー積極的な方が印象に残りやすいに決まってるもーん。恋愛なんて、相手に自分のことを意識してもらわない限り発展しようがないからねー」


 非常に分かりやすい理屈だった。クラス内でもヤンチャかつ騒がしい生徒はよく目立ち、反対に隅っこで大人しくしている子は目立たないのと同じで、積極的に話し・関わる相手の方がより印象深いというのは自明じめいだろう。そしてそれは、相手により自分のことを意識してもらわねばならない恋愛においては尚更である。


、ねー? でもまひるんの場合、別にそこまで押さなくたっておにーさんに自分のことを見てもらえるでしょー? だって、毎日同じ部屋でご飯とか食べてるわけだしー」

「!」


 たしかにそうだ。積極的に攻める理由が〝相手に自分の存在を意識してもらうため〟であるなら、既に青年と深い関係を築いている真昼はそこまでする必要はない、ということになる。なにせ、文字通り毎日二人きりの時間を確保できているのだから。


「むしろ下手にグイグイいきすぎて、おにーさんに『居心地悪くなったな』って思われても困るもんねー。おにーさんはこれまでのまひるんとの関係が気に入ってたみたいだしさー」

「た、たしかに……」

「でもだからって、今までとまったく同じ過ごし方してたらそれこそなんにも変わらないままだしなー……あははー、どうするのが一番なんだろー? 好きな人と距離が近すぎるっていうのも考えものだねー」

「わ、笑い事じゃないよぅ……」

「こうなったらやっぱりおにーさんを押し倒して既成事実を――」

「だからそれはダメってば!?」


 結局結論が出ず、真昼が途方に暮れたように深いため息をついた、その時だった。


「――あン? お前らは……」

「!」


 白い棒切れを口にくわえた金髪ピアスの女子大生が、彼女たちの前に現れたのは。

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