第一三五食 青葉蒼生と本当の〝優しさ〟


「は? 真昼まひるちゃんに好きな人が出来たらしい?」


 九月に入り、少しずつ猛暑がやわらぎ始めたとある平日の昼下がり。まだ冷房がいているうたたねハイツ二〇六号室にて、イケメン女子大生こと青葉蒼生あおばあおいいぶかしむような表情を浮かべた。

 そんな彼女に対し、部屋の主たる家森夕やもりゆうはどことなく消沈した様子で「おう……」と呟き――


「……いや待て? なんでお前がナチュラルに俺の部屋にいるんだよ?」

「え? 暇を持て余した私がどうやって時間を潰そうか考えた結果、どうせ一人でダラダラ過ごしてるであろうキミの家なら誰にも迷惑かけることなく、そして無料タダで涼めると思って」

「ああ、なるほど。……いや『なるほど』じゃねえよ」


 夕が「俺にかかる迷惑を勘定かんじょうに入れろよ」とツッコミを入れるも……テーブルにひじをつきながらぼやくように言う彼は普段よりも割増しで覇気はきがないように見えた。そんな友人の姿に、蒼生が「ありゃ、これは結構重症かな?」と眉尻を下げつつ笑う。


「一応聞いてあげるけど、どういうことなんだい? 真昼ちゃんに好きな人が出来た、って?」

「……言葉通りの意味だよ。真昼に好きな人――まあ本人いわく、まだ〝すごく気になってる人〟止まりらしいんだけど……とにかくそういう相手が出来たらしい」

「ほほう?」


 気落ちしたトーンで話す夕に、蒼生はさも興味深そうに頷きながらあごに片手を当ててみせる。


「(まさかあの真昼ちゃんが、夕本人に直接『気になってる人がいる』ってカミングアウトするなんて……もしかして夕が鈍感すぎて、いよいよ我慢出来なくなってきたのかな?)」


 蒼生はそう考えながら、この部屋の隣に住んでいる女子高生――旭日あさひ真昼の姿を想起する。

 真昼の〝すごく気になってる人〟というのは、言うまでもなく夕のことだろう。それ自体は、とっくに気付いていた蒼生からすれば特に驚くような話でもない。

 しかしそれでもあの奥手な女子高生が、遠回しにでも好意を伝えようとしたのは大きな前進だと言えよう。……もっとも、肝心の夕には正しく伝わらずに誤解されているらしいが。


「(もう、本当にニブいんだから……でも真昼ちゃんに好きな人が出来たって知って落ち込むってことは、夕の方も着実に真昼ちゃんを意識しつつあるってことなのかもね)」


 蒼生個人としては恋人になった二人を見てみたいところだが……しかし半月ほど前に夕から「真昼の様子がおかしい」と相談を受けた時にも考えた通り、あくまで外野に過ぎない蒼生が下手に口出しするのは好ましくないだろう。

 他人が深く関与した末に成立したカップルはもろい。なにせ、それは本来二人で協力して乗り越えるべき問題ハードルをクリアしていないようなものなのだから。どうにか付き合うまでけることは出来ても、いつか必ずそのツケは回ってきてしまう。

 普段はふざけた接し方をしているが、蒼生にとって夕は大切な友人だ。そして大切な友人だからこそ――〝優しさ〟をき違えてはならない。


「(『真昼ちゃんが好きなのはキミなんだよ』って教えてあげることは簡単だけどね)」


 だがそれは夕が自分で考え、自分で気付くべきことなのだ。それを蒼生の口から教えてしまうのは〝優しさ〟ではなく〝甘やかし〟でしかない。

 ゆえに蒼生は、えて平淡ドライな口調で言った。


「……まあ、しょうがないんじゃない? 真昼ちゃんだって年頃の女の子だもん、恋の一つくらいして当然でしょ」

「うっ……!? そ、そうだよな……」


 蒼生の正論によってダメージを受ける夕。おそらくは蒼生のことをそれなりに信頼しているからこそ相談を持ちかけてきたのであろう彼を突き放すことに対して、まったく罪悪感がないというわけではないが……しかしこれも彼のためだ。蒼生は心を鬼にして――そして満面の笑みと共に続ける。


「でも真昼ちゃんが好きになるのってどんな男の子なんだろうねぇ? クラスメイトかな? 友だちかな? それともサッカー部とかバスケ部の格好良い先輩かな? あっ、大穴で〝教師との背徳恋愛〟っていうのもあり得るかもね? いやあ、いずれにせよ青春してるよねえ、真昼ちゃんは」

「ぐふっ!?」


〝あり得そう〟な可能性を列挙され、腹でも殴られたかのようにうめく夕。


「あっ、そういえば高等部の文化祭って来月の今頃だったよね? もしかしたらその頃には〝文化祭マジック〟が起きて真昼ちゃんに初めての彼氏が出来てるかもしれないよね? 恋人と文化祭を楽しんで、後夜祭で一緒にフォークダンスを踊る真昼ちゃん――絵になるよねえ」

「がはっ!?」


 畳み掛けるように〝あり得そう〟なシチュエーションをペラペラ話す蒼生に、夕が更なるダメージを負う。断っておくが、蒼生は友人のために心を鬼にしているだけだ。「あんまりない機会だし、夕のことをからかって遊ぼう」などという悪戯心いたずらごころは、ほんの三分の一くらいしか含まれていない。


「(ふふ……いつか幸せになれるといいね、二人とも)」


 心の中でにんまりと笑った蒼生は、しかし一応は本心からそんな日が来ることを願っているのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る