第一二九食 男子高生とヤモリユウ②

「お兄さん、お兄さーんっ!」

「? ってあれ、真昼まひる?」


 一〇〇円ショップから出てきたところを真昼まひるが呼び止めると、例の大学生――家森夕やもりゆうが少し驚いたような顔で振り返った。


「偶然ですねっ! お買い物ですか?」

「ああ。まあちょっとな」


 親犬を発見した仔犬のように嬉しそうな顔でぴょこぴょこと駆け寄った真昼に、青年は手にげていた買い物袋エコバッグの中身を広げて見せた。そこには麺棒めんぼうやクッキングシート、そして星型や丸型のシンプルな型抜きなど、まるでお菓子作りでもするかのような品々が放り込まれている。


「……? なにか新しいお料理でもするんですか?」

「まあな。ほら、今までは普通の料理ばっかりだったけど、あのレシピ本の後ろの方に簡単なお菓子の作り方もってるだろ? だからたまには甘い物でも作ってみようかと思って」

「うえぇっ!? そ、それなら今度のお休み――私が家にいる時にしましょうよっ!? なんでよりによって、学校が始まってからそんな楽しそうなこと言い出すんですか!?」

「いや、今朝思い付いたってだけで別に他意はなかったんだけど……というか真昼がいたら俺の練習にならないだろ?」

「わ、私ってそんなに足手まといですか!?」

「そうじゃなくて……えーっと、俺も新しい料理を覚えたかったっていうか……」

「それならお菓子作りじゃなくて普通の料理をした方がいいじゃないですかっ!」

「おいやめろ、超正論だけど道具を揃えた後にそんなこと言うな」

「うわーんっ!? 私もお兄さんと一緒にお菓子作りたいですっ!? 中学の調理実習で全部黒コゲになったリベンジを果たしたいですっ!?」

「それ聞いたら余計に一人でやりたくなるわ」


 これから一人でお菓子作りをするという夕に、わんわんとダダをこねる真昼。そんな彼女の姿に、ゆずるりょうの二人は動揺を隠せなかった。

 というのも普段の――学校における旭日あさひ真昼は、これといった欠点のない優等生として有名なのである。成績は学年でもトップクラス、品行方正で教師陣からのウケも良い。少し遠慮がちなところがある分、リーダーシップを発揮することは苦手なようだが、それでも良い意味で中立的な彼女はグループの輪を乱すことをせず、もちろん自分本意のワガママを言うこともない。……ない、と思っていたのだが。


「分かった分かった、じゃあ今日は俺が暇潰しがてら一人で作ってみるから、今度の週末は真昼も一緒に作ろう。それでいいだろ?」

「むむむ……分かりました。初めてはお兄さんと一緒が良かったですけど、我慢します」

「お、おう……その言い方だと色々誤解が生まれそうだからやめような?」

「? でもそれで一〇〇円ショップにいたんですね。言われてみればお兄さんのお部屋、お菓子作りの道具なんてなにもありませんでしたし」

「ああ、材料を揃えてから気付いてさ、慌てて買いに来たんだ。代用出来るものもあったんだけど、そんな高いものでもないから――」

「もしかしてバイト代が入ったばかりだからお財布のヒモが緩くなってたんですか?」

「……まあ、そうとも言う」


「ぐ、ぐぬぬ……!? あ、あの男、旭日と親しそうにしやがって……!? まさか見せつけているつもりか……!?」

「お、落ち着けって……凄い形相かおしてんぞ、ユズル」


 どちらかといえば青年の性格や財布事情、ついでに部屋にある調理道具の種類まで熟知していることをさらけ出しているのは真昼の方だったのだが……それを指摘するとまたこの眼鏡男子がうるさそうなので、涼は黙っておくことにした。


「それより、真昼こそなんでこんなところにいるんだ? 今日は学校が終わった後、小椿こつばきさんたちと昼飯を食べに行くって言ってなかったか?」

「はい、ちょうど今お店に向かってるところです。ほら、ひよりちゃんたちもあそこにいますよ」


 真昼はそう言って、駐車場の外で待っている弦たち五人の方を手でし示した。それに気付いたひよりと雪穂ゆきほが青年の方へ軽く会釈をし、亜紀あきはいかにも親しげにぷらぷらと手を振り返している。

 しかし弦としては、普段自分とそこそこ親しい友人たちがあの男に気を許しているらしいということも気に食わない。真昼以外の女子陣に対してまで異性意識があるというわけではなく、単に余所よそ者の大学生に自分の交遊関係をおかされているようで嫌なのだ。


「お、おいユズル、あの人こっち来るぞ?」

「!」


 見れば、真昼に連れられた青年がこちらに向かって歩いてくる。ひよりたちと挨拶をしておこうというつもりなのだろう。


「……フン、ちょうどいい。ガツンと一言ひとこと言ってやりたかったところだ」


 そう言って、弦は鋭い瞳で青年のことを睨み付ける。彼の眼鏡のレンズが太陽光を反射し、ギラリと不穏な光を宿していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る