第一一八食 旭日真昼とお見舞い少女①

「暇だなあ……」


 昨夜と比べれば体調も良くなったとはいえまだ完全回復したわけではない真昼まひるは、ベッドの上で携帯電話をいじりながらぽそりとこぼしていた。

 画面に出ているのは料理のレシピが無数に投稿されているサイト。今閲覧していた肉料理のおすすめレシピのページにはハンバーグやメンチカツの作り方、それ以外にも〝タマネギを使ってステーキを柔らかくする方法テクニック〟など、調理法だけでなくコツや豆知識のような情報ものもたくさん掲載されている。……もっとも真昼がこのサイトを見ていたのは料理の腕前の更なる上達を目指してのことではなく、単に美味しそうな料理の画像を眺めるためだったが。


「お腹いたなあ……」


 あぶらの乗ったステーキが鉄スキレットの上でじゅわじゅわと焼かれていく動画を見て、真昼のお腹がきゅるる~、と可愛らしい音を立てた。見れば時刻は早くも昼前、病人とはいえ食いしんぼうの彼女にとっては大変な時間帯だ。

 ちなみに昼食も隣人の大学生・ゆうが用意してくれるらしい。せっかくの夏休みだというのにその貴重な時間を自分のためにかせてしまうのは心苦しく、一度は断ろうとも思った。しかし今や真昼の部屋に食料のたぐいはあまり置かなくなったし、もし今から買い物に行こうとしても彼から「ちゃんと寝てろ」と怒られてしまうだろう。結果として、真昼には大人しく夕の世話になる以外の選択肢が残されていなかったのである。


「(お兄さん、なに作ってくれるのかな……? 朝は雑炊だったけど……)」


 真昼は夕の料理が好きだ。この数ヶ月ですっかり食べ慣れてしまったし、それ以上に彼の作る料理はどこかあたたかいのだ。本人の言う通り、決して優れた技術や知識はそなわっていないかもしれないけれど、だからこそどこかいびつな出来上がりの中に丁寧な気遣いが感じられると言えばいいだろうか。

 ゆえに申し訳ないという気持ちが勝ちつつも、真昼は夕が来てくれるのをどこか心待ちにしていた。もちろん、空腹という最高のスパイスを添えて。


「!」


 ちょうどその時、真昼の部屋のインターフォンが高らかに鳴った。勢いよく顔を上げた彼女は少しだけふらつく足でぱたぱたと玄関まで走っていき、ドアの向こうに立っているであろう隣人の大学生を花のような笑顔でお出迎えしようとして――


「あっ、ひま。体調どう? お見舞いに来たよ」


 ――しかしそこに居た親友の姿を認めた途端に一転、しおしおと枯れたような表情に変わる。その様子は例えるなら、クリスマスに欲しかったおもちゃが貰えなかった子どものようだ。


「あっ……うん、わざわざ来てくれてありがとう……」

「言葉のわりに露骨なガッカリ顔するの、やめてくれない?」


 差し入れの紙袋を片手に不満そうに言ったのは、真昼の親友・小椿こつばきひよりだった。どうやら真昼が風邪を引いたことを知り、家までお見舞いに来てくれたらしい。


「ご、ごめんね。本当にありがと、ひよりちゃん」

「いいよ、大した距離でもないから。あ、雪穂ゆきほとアキも来たがってたけど置いてきたよ。どうせ騒ぐからね、あの子たちは」

「あ、あはは、そうなんだ」


 友人たちの性格をよく理解しているひよりに苦笑しつつ、真昼は彼女を部屋の中へ招き入れる。八月ももうすぐ終わりとはいえ、季節はまだまだ夏。クーラーがほどよくいた部屋と玄関先では快適さに天地の開きがあった。


「でも珍しいよね、あんたが風邪引くなんてさ」

「うん、自分でもびっくりしちゃった」


 一応伝染うつしたりしないようにマスクを着用してから、真昼は冷蔵庫から取り出したお茶を二人分コップに注ぎ、テーブルの上に置く。そのかん、ひよりはため息混じりに「相変わらず汚いわね……」とどこかで聞いたような台詞を吐きつつ、慣れた手つきで衣類に埋もれていたクッションを引っ張り出した。


「それで? どうなの、体調の方は?」

「一晩寝たらかなり良くなったよ。お薬飲んだし、あとお兄さんがごはん作ってくれたから」

「ああ、家森やもりさんの部屋で倒れて病院まで連れていって貰ったとか言ってたね。……あんた、どんだけあの人に迷惑かけてるのよ」

「うぐっ!? い、言わないでよ、自覚はしてるから」

「はあ……後で菓子折り持ってご挨拶にうかがわないとね。ただでさえ日頃からあんたとアキがお世話になってるんだし」

「な、なんかひよりちゃんがお母さんみたいなこと言ってる!?」


 頬に手を当ててうれいを帯びた表情を浮かべるひよりの姿は、さながらヤンチャな子どもを持った母親のごとしである。

 そんな彼女を見て「私って他の人から見てもお兄さんに迷惑かけてるんだなあ」と再認識した真昼はどこか遠い瞳をしつつ、風邪が治ったら夕になにかお返しをしようと固く心に決めるのであった。

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