第一〇八食 JK組と苦労人②

 ――裏でそのようなやり取りがあったのち、現在。


「わあっ……! 上がりましたっ! お兄さんっ、花火上がりましたよっ!」

「お、おう。見えてる、ちゃんと見えてるからそんなにはしゃぐなって」


 時刻通りに打ち上げられた花火をキラキラした瞳であおぎ見ながら、真昼まひるが隣で立ち見しているゆうの袖を引いてはしきりに空に咲く大輪を指差していた。そんな年下の少女に苦笑しながらも、どこか楽しげに視線を上に向ける大学生。二人の姿はまるで歳の離れた兄妹きょうだいのようである。


「……ま、上手くいったみたいね」


 そんな二人の様子を物陰から見守っていたひよりは、クールに呟きながらも内心ではホッと胸を撫で下ろしていた。亜紀あき雪穂ゆきほの悪ノリには頭を悩ませたものの、終わってみれば真昼にとっても良い思い出になったようでなによりだ。


「んふふー、どーよひよりーん? 私たちが考えただけあって二人ともいい雰囲気でしょー?」

「どやあ……!」

「……」


 ……隣でこれでもかというほどのドヤ顔をされるのは腹立たしいが、楽しそうにしている親友まひるに免じてこの場は流しておくことにする。

 それに認めるのはシャクだが、実際に今回の真昼と夕は随分いい雰囲気だった。途中、二人で屋台巡りをしている途中で夕がやけに深刻そうな顔をしていたが、その後真昼と何事か話してからはそれも綺麗さっぱり消えている。帰省中になにかあったのか、それともそれ以外に悩み事でもあったのか……気にはなるが、解決したようなら詮索せんさくするのは野暮やぼというものだ。


 もっとも――野暮と言うならこうして他人同士のデートを覗き見している時点でこの上なく野暮なのだが。同伴している二人も同じ思考を辿ったのか、お日様のような笑顔ではしゃぐ真昼の影で、三人の少女たちがそっと目を合わせる。


「……帰ろっか。なーんか、『後からからかってやろう』くらいに思ってたけど……あそこまで幸せそうにされるとその気もせたわ」

「だねー。今さらだけど彼氏いない私たちがそれやったらただのヒガみだしねー」

「やめろ、言うんじゃねえ」

「このままいったら四人うちらの中で最初の彼氏持ちは間違いなくまひるになるよねー」

「……雪穂はともかく、アキは恋人作る気ないだけでしょ。男子人気なら真昼ひまよりあんたの方が高いんだから」

「えー、そんなことないよー」

「というかひより、あんた今さりげなく『雪穂はともかく』とか言ったな!? 絶対許さないからな!?」


 話しながら立ち上がり、三人の友人たちは人混みに紛れるように公園を抜ける。本来ならば花火が始まって人がけている屋台にでも突撃するところだが、あいにくほんの数日前に別の祭りを堪能したばかりの彼女たちにはそれらが魅力的に映ることはなかった。むしろ同条件で今日もあんなに楽しそうに屋台巡りをしていた真昼がちょっとおかしいのだ。

 そんなわけでせっかくの花火もそこそこに帰路に着く三人。しばらく無言で歩いた頃――ぽつりと雪穂が問うた。


「……で? どう思う?」

「……? なにがよ?」

「決まってるでしょ、あの二人のこと」

「どうって……まひるがおにーさんのこと好きかどうかってことー?」

「そんな分かりきったこと聞くわけないでしょ。あんだけ〝お兄さん好き好きオーラ〟振りいといて『好きじゃない』とか言い出されたら人間不信になるっての。その逆よ、逆」

「つまり……家森やもりさんがひまのことをどう思ってるか?」

「そ」


 短く首肯し、雪穂が続ける。


「ほら、あの人ってまひるのこと可愛がってるっぽいけど、そこに恋愛感情があるかって言われると微妙じゃない?」

「まーねー。でも女の子として見てないってこともないでしょー? 海であんな必死になってナンパから守ってたしー……それにさっきもまひるの浴衣ゆかた姿に見惚みとれてたっぽかったしー」


 ちなみに今日の真昼の浴衣と化粧は亜紀がプロデュースしたもの。真昼はいつもナチュラルメイク――と言えば聞こえはいいが、現実は不器用すぎて一般的まともな化粧が出来ないだけ――であり、見かねた亜紀が自らのメイクセットを使って化粧を施し、ついでに浴衣を一着も持っていない真昼に似合うものを見繕ったのだ。

 ゆえに今日の真昼は普段の可愛らしさから一転、一歩大人びた女性らしい魅力を前面に押し出すスタイルとなっていたわけなのだが……。


「でもそれって、どっちかっていうと普段いつもとの落差にときめいたんじゃないの? ギャップ萌えっていうかさ。そりゃ普段のまひるを見慣れてる人が見たら誰だって驚くでしょ、あれは」

「えー、そーかなー? ひよりんはどう思うー? おにーさん、まひるのこと好きだと思うー?」

「……」


 話を振られたひよりは、ちらりと視線だけを二人の方へ向けながら考える。

 海でひそかに確認した通り、ひよりは夕が真昼のことを異性として意識しつつあることについてはある程度確信を抱いていた。彼が真昼には向ける目とひよりたちに向ける目は明らかに違うのだ。もちろん付き合いの長さや関係性の深さの違いは考慮した上で、である。


 一方で、〝異性として意識している〟ことと〝恋愛的に好き〟ということはまた違う。〝恋愛対象外ではない〟ことと〝恋慕する相手である〟ことが等号イコールで結べないのと同じだ。それらは近いようでいて、やはりまったく別物なのである。


「……どうだろ。少なくとも嫌いではないと思うけど」


 したがってここは曖昧な答えにとどめておく。亜紀たちの方も明確な答えを求めていたわけではないのだろう、「まあそりゃそうだろうけどねー」程度の軽い返答が返ってきた。


「……あのさ、今日は上手くいったからいいけど、こういうやり方はもうやめなよ? 家森さんに迷惑がかかるのもそうだけど、ひまにはひまのペースがあるんだからさ」

「あははー、分かってるってー」

「流石に今回はやり過ぎたと思っている」

「ならいいけど……」


 片やのんびり、片や無駄にキリリとした表情で頷く亜紀と雪穂の二人に呆れ顔で瞑目するひより。彼女たちとて真昼のことは大事に思っているし、越えてはならない一線ラインくらいは心得ているだろうが……二人の性格を加味すると微妙に信用しきれないのがなんとも悲しいところである。

 ひよりが一応今後も目を光らせておこうと決意していると、ふと亜紀が遠くなっていく花火を振り返った。


「これからどうなるんだろうねー、あの二人ー」

「……さあ、ね」


 ――長いと思っていた高校最初の夏休みも、残すはたったの一週間。

 あの奥手な親友まひるが今後どうするつもりなのかは、ひよりにも想像がつかなかった。

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