第九七食 旭日真昼と成績開示


「おお~! 流石は俺と母さんの娘! 高校生になっても相変わらず成績優秀だなあ、真昼まひるは!」

母親わたしはともかく、父親あなたは勉強苦手じゃない。警察の採用試験、五回も落ちたんだから」

「む、娘の前でそれは言わないでくれないか……」

「でも本当にすごいわ、真昼。流石私の娘よね」

「あ、あはは……」


 少し早めの夕食を囲みながら、旭日あさひ家のダイニングでは隣り合って座る父・冬夜とうやと母・めいが真昼の高校一年次成績通知表を見て感心の声を上げているところだった。そんな両親に、真昼は照れくさそうに自らの頬をぽりぽりとく。

 真昼の成績が良いのは今に始まったことではない。小学生の時は勿論、親元を離れてからも真面目に勉強を続けてきた。それは「無理を言って一人暮らしをさせてもらっているんだから、せめて余計な心配はかけてはならない」という彼女が自身に課した制約にも等しい。

 するとそんな真昼に、明が成績通知表から顔を上げながら「でも」と苦笑してみせた。


「少し勿体ないとも思っちゃうわね。私も通ってたから分かるけど、歌種うたたね高校って特にレベルが高い高校でもなんでもないもの。よっぽどのことがない限り直通で大学まで上がれるから〝入れば勝ち〟ってとこはあるけど……真昼ならもっといい高校にだって余裕で入れたんじゃないかしら」

「! そ、そうだよ、うん、母さんの言う通りだ!」


 なぜか声が大きくなった父もうんうんと頷く。


「こ、沖楽こっちなら有名な国公立の高校だってたくさんあるしな! も、もし真昼が将来のことを考えるならそっちの転入試験を受けてみるのもいいんじゃないか!?」

「え……えっと……?」

「……言い出した私が言うのもなんだけれど、急にどうしたのよ、あなた……」

「あ、い、いや別に!? そういう道もなくはないよねっていうか!? も、勿論真昼のしたいようにすればいいと思ってるけどね、お父さんは!?」


 あたふたと身振り手振りで言葉を補った父は誤魔化すように折箱からマグロの寿司を一つ取って醤油もつけずに口へ放り込み、そんな夫の姿を明がいぶかしむように見やる。そして彼らの正面に座る真昼はといえば、指先にまんだウニの軍艦を見下ろしながら言った。


「……まだ全然、進路とか将来とかのことは考えてないけど……私、高校までは歌種むこうに居たい」

「!」

「大切なお友だちがたくさん出来たし、それに……が、まだたくさんあるんだ」

「……そう」


 少し意味深な我が子の言葉に父は咀嚼そしゃくする口を止め、母はなにやら察しがついたかのような顔でニヤリと笑う。


「わ、わがまま言ってごめんね? た、ただでさえ一人暮らしさせてもらってるのに……」

「いいのよ。言ったでしょう、真昼あなたはやりたいことを好きなようにやりなさい。色んな心配は親の――私たちの仕事。真昼が元気に過ごして、たまにこうして帰ってきて楽しい話を聞かせてくれるならなんの文句もないわ。ね、あなた?」

「……えっ!? あ、う、うん、そうだともっ!?」

「お母さん、お父さん……ありがとう」


 改めて感動したように瞳を潤ませる真昼。なぜか父の方は一瞬のがあったものの、両親ともに真昼が一人暮らしを継続することは認めてくれるようだ。

 実のところ、毎度この成績通知表を見せる瞬間は真昼にとってのドキドキタイムでもある。もしも成績が振るわなければ「やっぱり一人暮らしは止めさせた方が……」となってしまうかもしれないからだ。しかし今回もそのようなことはなく、真昼は内心そっと胸を撫で下ろす。


「……あら?」


 その時、再び通知表に視線を落としていた母が疑問符を浮かべた。


「真昼、今回は随分家庭科の成績が良いのね? いつもは評定〝1〟ばかりだったでしょう?」

「ん? そういえばそうだな、真昼はお父さんに似て死ぬほど不器用なのに……」

「あ、うん。一学期の実技課題が調理実習だったからいつもより良かったみたい」


 ……そんなふうに、特に考えもなく素直に答えてしまったのは悪手だった。両親は一度不思議そうに互いの顔を見合わせてから言う。


「ち、調理実習があったなら、それこそいつもみたいに〝1〟になるんじゃないの……?」

「あ、ああ。真昼は俺と一緒で料理の腕は壊滅的だし……そもそも一人暮らしを始める前に『火や刃物は使うな』と約束したはずじゃ……」

「……あ」


 そこまで言われ、ようやく真昼はどうして自分が中等部時代の三年間、自分で料理をせずにコンビニ弁当やお惣菜ばかりの食生活を送ってきたのかを思い出していた。

 そして同時に、自分が両親との約束を反故ほごにしてお隣の〝お兄さん〟に料理を教わっていたのだということを。

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