第七九食 スクール水着と女子大生


「それじゃあお兄さん、行ってきます」

「お邪魔しました、家森やもりさん」

「また海のときに会おうねー、おにーさん」

「ああ。みんな気を付けてな」


昼食を食べ終わった後、買い物に行くらしいJK組を玄関まで見送る。なんでもつい先ほど決まった海で着るための水着を買いに行くのだそうだ。

さっきの今で買いに行くという女子高生たちのフットワークの軽さには一瞬驚かされたが、よくよく考えればおそらく海に行くこと自体は既に彼女たちの間で決まっていたんだろう。そういえば前に真昼まひると話したとき、「八月は遊ぶ予定がいっぱいある」みたいなことを言っていたような気もする。

そして俺が真昼、小椿こつばきさん、赤羽あかばねさんの三人をなごやかに送り出していると――


蒼生あおいさん蒼生さんっ! 蒼生さんはどんな水着を着てる女の子が好きですかっ!? ビキニですか!? それともワンピースタイプですか!?」

「えっ、い、いやその……」


――奥の部屋ではキラッキラの瞳をした冬島ふゆしまさんにグイグイ詰め寄られている哀れな――自業自得だが――女子大生の姿があった。


「え、えーっと……ゆ、雪穂ゆきほちゃんはいつもどんな水着を着てるのかな?」

「はいっ! いつもは胸が小さいのが目立たないようにフリル付きのワンピースを着てました!」

「な、ならワンピースタイプでいいんじゃないかな――」

「でもでもっ! 蒼生さんがお好きならビキニでも全然大丈夫ですっ! なんならマイクロビキニでも頑張って着てみせますっ!」

「ブッ!?」


な、なんの話をしてるんだあの二人!? 思わず反応してしまった俺に、残るJK組三人の視線が突き刺さる。ご、ごめんね、決していやらしいことを考えたわけじゃないんだけれども……!

一方で全力投球の眼鏡少女に、あの青葉あおばが珍しく慌てふためいた様子で「い、いやいやいや!」と胸の前で両手をぶんぶん振り回す。


「む、無理なんてしなくていいんだよ雪穂ちゃん。ま、前にも言った通り、雪穂ちゃんには雪穂ちゃんにしかない良さがあるわけで……!」

「な、なるほどっ!」

「だ、だから無理にビキニなんて着なくたって、自分が着なれた水着を着るのが一番なんじゃないかな?」

「つ、つまり……スクール水着ですかっ!?」

「いやそういうことじゃなくてね!?」

「分かりましたっ! 蒼生さんがお好きなら私海でスク水だって着てみせますっ! ところで胸元のゼッケンの名前は漢字で〝冬島〟でいいですかっ!? それともひらがなで〝ふゆしま〟の方がいいですかっ!?」

「やめて雪穂ちゃん、まるでスク水が私の性癖であるかのように言わないで!? そんな細やかなこだわりとかないし、どちらかと言えばゼッケン付いてない方が好きだし! というかキミ、私の話全然理解してないよね!?」


「(ほんとになんの話してんだよあいつら)」


俺の部屋は角部屋で、かつ隣が真昼の部屋なので多少騒いでも近所迷惑にはならないだろうが……だからといってあまり大声で女物の水着の話をするのはやめていただきたいのだが。ただでさえはたから見れば女子高生を四人も連れ込んでいるかのような状況なのだから……。


「あ、あの、お兄さん」

「ん?」


俺が謎にハラハラした心持ちで青葉たちを見ていると、真昼がなにやらもじもじしながら声を掛けてきた。


「お、お兄さんはその……み、水着の好みとかってあるんですか……?」

「え、俺? うーん……いや、特には……?」

「そ、そうなんですか……」


かっくりと首を折った真昼の肩を小椿さんがぽんぽんと叩く。こ、答えた方が良かったのか? でも「どんな水着が好き?」って聞かれて「◯◯!」って即答できる男って、それはそれでどうかと思うのだが。

するとそんな俺たちの様子を見ていた赤羽さんが、なにやらニヤリと悪どい笑みを浮かべた。


「ねーねー、おにーさん。じゃー私に着てほしー水着のリクエストとかないー?」

「り、リクエスト……?」

「うん。私今日買いたい水着とかないからー、なーんか適当にリクエストほしいなーって」

「いや、買いたいのないなら買わなきゃいいんじゃ……?」


俺が考えもなくそう言うと――赤羽さんは我が意を得たりとばかりにニヤリ。


「もー、おにーさんは分かってないなー?」

「な、なにが……?」

「女の子は男の子と違って買い替えたくなくても買い替えなきゃならない日がくるものなんだよー。たとえばー……ここが育っちゃった時とか?」

「うっ!?」

「あ、亜紀あきちゃんッッッ!!」

「あひゃっ、怒られちったー」


からかうようにその育ちの良い胸元をするりと撫でたゆるふわ女子から俺が思わず目を逸らすと、真昼が大声を上げて俺から赤羽さんを引き剥がしてくれた。赤羽さんはこういう反応に困るからかい方をしてくるから油断できないんだよな……というか彼女も体育祭のときはもっと青葉にベタベタしていたと思うのだが、今は冬島さんに譲りっきりなのは何故なのだろうか。


「も、もう、早く行くよっ! 雪穂ちゃんも!」

「あっ、ごめんすぐ行く! それじゃ蒼生さん、海の日楽しみにしてますねっ!」

「う、うん……」


お邪魔しましたー、と出ていくJK組の後ろ姿を見送り、残された俺と青葉は揃ってぐったりと肩を落とす。


「あ、あれぇ? どうしたのさゆう、女子高生たちと海の約束を取り付けられたっていうのに嬉しくないのかい?」

「……その言葉、そっくりそのまま返してやるよ

「やめて」


意味もなくしょうもない嘘をついたりしたせいで完全に自らの首を絞めてしまったイケメン女子大生は、俺の方にちらりと期待するような目を向けてきた。


「あ、あの夕さん……真昼ちゃんに頼んで、私の性別をそれとなく明かしてもらうこととか……」

「却下。てめぇが勝手に嘘ついたのに、その尻拭いを真昼にさせられるか。後始末まで自分でやれ」

「そんなぁー!? 私はどうすればーっ!?」


まあ確かにあんだけグイグイ来ている子に今更「実は女なんだ」とは言いづらいだろうが……これほど因果応報という言葉が似合う状況もそうはあるまい。嘆く青葉を尻目に、俺ははあ、と息をつく。

はてさて、どうなることやら。

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