第七四食 JK組とアポなし突撃


「ひーよりんりんりんりんりんりりんっ! まーひるんるんるんるんるんるるんっ! ゆーきホッホッホッホッウッホッホッ!」

「アキ、恥ずかしいからその意味不明な歌やめて」

「というかなんで私の時だけ最後ゴリラ化させた?」


 八月初頭。歌種うたたね高校が夏期休業に入って早くも一週間か過ぎて久しぶりに集合した赤羽亜紀あかばねあき小椿こつばきひより、そして冬島雪穂ふゆしまゆきほの三人は、バラバラの歩調で人通りの少ない住宅地を歩いていた。

 温暖湿潤気候特有の高温多湿からくる蒸し暑さとアスファルトから立ち上る陽炎かげろうの揺らめきの中、唯一日傘を差している亜紀は半分スキップのような足取りをやめてくるりと身体を反転させる。


「んっふふー、みんなで集まるのも久しぶりだねー。夏休み入ってからなにしてたー?」

「一人漫喫とネットサーフィン」

「いつも通り道場」

「すごー、最初から二人に女子力なんて期待してなかったけどー、予想以上に女子力のない答えが返ってきたー」


 馬鹿にしたように笑うゆるふわ系少女に対し、ムッとしたような表情を見せるのは眼鏡系女子こと冬島雪穂だ。


「このくそ暑いのに外なんか出てらんないっての。そういうアキはなにしてたのさ?」

「私ー? 私はずーっと部屋でゴロゴロしてたよー」

「それでよく私とひよりの過ごし方に女子力うんぬん言えたな」

「あ、でも一回だけ中等部の頃の友だちと買い物に行ったよー。久々にウィンドウショッピングできて楽しかったなー。結局お金なくてなんにも買えなかったんだけどー」

「くっ、そういう計画性がないとこ、まさしく『女子高生』って感じがしてズルい……!」

「まったく悔しがるとこじゃないでしょ」


 呆れ顔で亜紀の過ごし方にツッコミを入れたのは最後の一人、小椿ひより。とは言うものの、夏休みに入って以来毎日ずっと自宅近くの剣道場に通いつめている彼女からすれば、亜紀と雪穂の自由きままな過ごし方はどちらも羨ましいものだったが。

 しかし彼女たちのグループ姉御役たるひよりはそんな素振りを一切見せず、代わりに「で?」と話題を変える。


「アキ、私たちこれ、今どこに向かってるのよ?」

「んー? まひるの家だよー」

「えっ、まひる? あの子なんか知んないけど八月の序盤までは遊べないとかなんとか言ってなかったっけ?」

「〝遊べない〟とは言ってなかったよー。〝大事な予定があるから家から出られない〟とは言ってたけどねー」

「一緒じゃん……」

「違うよー。〝家から出られない〟ってことは、まひるの家でなら遊べるってことでしょー?」

「なに頓知トンチみたいなこと言ってんのよ。……というかもしかしてアキ、アンタ今から私たちが三人で押し掛けるってこと、真昼あの子に伝えてないとか言わないでしょうね?」

「えっ? 伝えてないけどー?」

「なんでだよ!」

「だっていきなり突撃した方が面白そうだったんだもーん」


 相変わらずの自由人ぶりを遺憾なく発揮するゆるふわ少女に、頭痛に耐えるかのように額に手を当てる雪穂とひより。彼女の奔放さは今に始まったことではないとはいえ、突然前触れもなく友人三名が自宅まで押し掛けてくる真昼が気の毒でならない。

 とはいえ時既に遅し。三人は一月ひとつきほど前にも訪れた鉄筋コンクリート造りのアパートに到着してしまった。


「もし真昼ひまが出掛けてたりしたら私たち完全に無駄足じゃない」

「それは大丈夫ー。昨日の夜電話してた時、明日はずっと家にいるって言ってたからー」

「ちゃんと言質げんちとってるあたりが逆に邪悪だな……」


 ひよりと雪穂がぼやく間に建物の二階に上がり、そのまままっすぐ二〇五号室――すなわち真昼の部屋へ。そして簡易的な表札の下に備えてあるインターフォンのボタンを押す。扉の向こう側でピンポーン、となんの変哲もない電子音が響くのが聞こえた。


「……出ないじゃん、まひる」

「あれー?」


 しばらく待ってもなんの反応もないことに首を傾げ、亜紀が続けてピンポーン、ピンポーンとベルを鳴らしてみるが……中からは人の気配が感じられない。

 そして「まさか本当にこの暑い中歩いてきたのが無駄になるのでは……」という考えがひよりと雪穂の脳裏に浮かび始めた……その時だった。三人の目の前にある扉の右隣・二〇六号室のドアがゆっくりと開かれたのは。


「――いけないいけない、部屋に携帯忘れてきちゃった。早くご飯の用意しないとお兄さん帰ってきちゃう……」

「「「あ」」」

「……へ?」


 まるで当然のような顔をしてあの大学生――家森夕やもりゆうの部屋から出てきた友人・旭日あさひ真昼の姿を認め、ひよりたち三人は同時に声を発する。

 こちらの存在に気付いて固まった真昼の手には……なぜか隣室のものと思しき銀色の鍵がそっと握られていた。

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