第六八食 千歳千鶴と女子高生①


 昔から、「目付きが悪い」と難癖つけられて育った。

 鬱陶しいことこの上ないと思わないか? 外見みためなんか選んで生まれてこられるモンでもねえだろう? でもそんなこと常識だ、当たり前だと言う連中ほどオレ――千歳千鶴ちとせちづるのことを怖がった。

 今でこそすっかり口の悪さが板についちまったオレだが、別に子どもの頃からこんなだったわけじゃない。一人称も〝わたし〟だったし、特別暴力的に振る舞っていたわけでもない。それなのにどいつもこいつもヒトのことを外面そとづらだけで怖がって、小学生の頃なんか「近づいたら殺される」なんて言われたりもした。そんなもんイジメとなにも変わらない。〝わたし〟はいつも孤独だった。


 そんなこんなで〝わたし〟はオレになった。端的に言うとグレた。

 親に貰った身体にピアスを開け、髪を脱色し、ナメた連中が冗談半分でふざけた噂を流したり出来ないよう徹底的に強者として振る舞った。その結果、陰でコソコソ言われるようになったのは言うまでもないことだが……しかし人間ってのは案外単純に出来てるらしく、自分の耳にさえ入らなきゃ悪口もさほど気にならなかった。


 さて、自分がそういうルーツを辿ったからか、それとも生来の性格ゆえなのかはさだかではないが、オレは〝馬鹿〟が嫌いだ。学力の話じゃない。道徳ドートク的な? 倫理リンリ的な? ……呼び方はどうでもいい、ヒトに迷惑を掛けるような〝馬鹿〟のこと。ヒトを外見みためで判断する奴、おおやけの場で騒ぐ奴、ポイ捨てをする奴、動物をいじめる奴……そういう奴が許せない性質タチだった。


 逆に動物や子どもは今も昔も大好きだ。汚れていないというか、純真無垢な姿を見ているとすさんだ心も癒されるというもの。

 転じて可愛いウサちゃん柄のスマホカバーやら、幼い子どもに大人気のキャラクターキーホルダーやらも好きだった。どれもオレが身に付けていると「ガラじゃない」とか「意外すぎる」とか言われるが知ったことか。今さら他人の目なんか気にしちゃいない。


 とまあ長くなっちまったが、これがオレという女の大まかなプロフィールだ。ああ、別に覚えてくれなくていい。そんなつもりで語ったわけでもないんだ。

 えて知っておいてほしいことがあるとすればそうだな……オレは一匹狼であり、その分ストレスを溜め込みやすいってこと。そしてオレが饒舌じょうぜつになるのは決まってイライラしている時……つまり今みたいな状況の時だってことだ。


「なにが『学内禁煙の規則を知らないのか?』だクソが。テメェこそハゲるまで生きてンのに棒飴も知らねェのか」


 オレはブツブツ文句を垂れながら、下宿先のボロアパートまで大股で歩く。

 今回のイライラの矛先は名前も知らない大学の先公だ。今日の試験が終わって疲れた脳ミソに糖分をやっていたオレに近づいてきたかと思えば、いきなり先の台詞をぶちかましてきやがったのである。どうやらおカタい大学の先生サマの目には、金髪でピアスを開けてる目付きの悪い不良が咥えている白い棒はすべてタバコに見えるらしい。煙が出てるかどうかくらい遠目でも分かることだろうが。


「しかもあの野郎、結局謝りもせずにどっか行きやがって……! ジジイのクセに『ごめんなさい』も言えねェのかよ、あァイライラするぜ……!」


 オレが苛立ち混じりにガリッ、と棒つきキャンディーを噛み砕くと、道端でイチャついていたカップルがこっちを見てからそそくさと逃げるように去っていった。……ンだよ、なんも言ってねェだろうが……!


「(だークソッ! ムカつく! どいつもこいつも馬鹿ばっかか! ストレスでオレまでハゲるわッ!)」


 今のところ美容室でかなりいて貰っているくらいには量の多い髪をガシガシと乱暴にかきむしり、「フーッ!」と猫の威嚇のような声を上げる。近くに誰かいたらまた逃げられていただろう。ストレスの連鎖が起こらずに済んで何よりだ。


「(……近道すっか)」


 大学からオレのアパートまでは途中にある公園を突っ切った方が早いのだが、普段はなるべく通らないようにしていた。なにせオレは同級生タメからも怖がられるような女、公園で遊んでいる可愛い子どもたちに近付くのはなるべく避けたい……どちらかというと子どもに怖がられるのはオレの精神メンタル的にキツいからだが。

 しかし今日はいつもよりストレス過多。さっさと帰って〝あにまるチャンネル〟のにゃんこ特集でも見て癒されたい気分だった。まだ試験期間の真っ最中であり、ただでさえ趣味に使える時間は少ないのだから。


「(……よし、子どもはいねェみたいだな)」


 ちょうど昼時だからだろう、奇跡的に公園内に人影は見えない。若干不審者にも見られかねない挙動でそれを確認し、オレは公園内へと足を踏み入れる。

 そして噛み砕いてしまったキャンディーの代わりにキシリトール入りのボトルガムを一粒口に放り込みながら反対側の出口へ抜けようとした――その時だった。


「にゃー、にゃー」

「(あン? にゃんこの声……?)」


 この近くでは野良猫というのはあまり見掛けないのだが、やはり公園には集まるものなのだろうか。ボロアパートはペットNGということもあってナマにゃんこを拝める機会はそうそうない。どこから声がしたんだとオレがキョロキョロと周りを見回すと……滑り台の向こう側になにやら人影があることに気が付いた。


「(あれは中学生……いや、高校生か……?)」


 もうとっくに世間は夏休みシーズンなので正確な年齢は判別しづらいが、とにかくそこ居たのは中高生くらいの少女だった。少なくとも公園で遊ぶような年齢には見えない……いや、大学生オレが言えた義理ではないが。

 少女は友人と駄弁ダベっているわけでもなくただ一人、滑り台の下でうずくっている。まさか体調不良とかか? などと考えながら一応近寄ってみると――。


「にゃー、にゃー。あっはは、くすぐったいよっ!」

「(ッ!?)」


 ――それは、朝日のように無垢な表情で笑う少女。

 これが、オレと旭日真昼あさひまひるの最初の出会いだった。

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