第三八食 女子高生と一品目
「あっ、お兄さん!」
「おー」
俺と
「お帰りなさい……ってあれ、ひよりちゃんも一緒だったんだ。みんな急にいなくなったからどこ行っちゃったのかと思って探してたんだよ?」
「ごめんごめん。校門のとこで偶然
「そうなの? ……あれ、そういえばお兄さん、
「あー……なんかまた別の女子たちに囲まれ始めたから置いてきた。その辺で写真でも撮ってるんじゃないかな」
ちなみに
「お兄さんお兄さんっ! 私次の次、一年生のクラス対抗リレーに出ますから、今度は絶対見ててくださいね! 一着でゴールしてみせますから!」
「え? 真昼、もしかして
「いえ、代表四人中の三番目です!」
「めちゃくちゃ微妙な位置じゃねえか」
しかも対抗リレーの三番走者に一着もなにもないだろう。前走者にだいぶ左右されるぞ、それ。
「……つーか、
「え……?」
「ん?」
ある種当然であろう俺の疑問に、なぜか真昼がぱちくりと目を丸くした。
「あれ……わ、私、今日お弁当持ってきてるってお兄さんに言いましたっけ?」
「……あ」
しまった、つい口を滑らせてしまった。そっと隣を見れば、小椿さんが「言っちゃった」とばかりに目元を手で覆っている……ご、ごめん……。
わざわざ真昼に代わって届けてくれた時点で察していたが、やはり先ほどいただいたおにぎりは本人に隠れてこっそりと持ち出したものだったらしい。
「どっ、どど!? どういうことひよりちゃん!? ま、まさか……!?」
「……うん、まあ……家森さんにあのおにぎり、食べてもらいました」
「ええーっ!?」
目を逸らしつつ白状した小椿さんに、真昼が半身を引きつつ驚きの声を上げた。
もちろん小椿さんたちはなにも悪いことなどしていない。それどころかとても友だち想いなことをしてくれた。真昼が気を遣って言い出せなかったお弁当の存在を俺に教えてくれたのだから。
しかしそれはそれとして……何事においても、バレないように隠れてしたことが露見する瞬間というのは妙に気まずいよな……。
「と、とにかくそういうわけだから……後はお二人で、どうぞ」
「あっ逃げた!? ちょ、ちょっとひよりちゃん!?」
居たたまれなくなった――というよりは真昼のために行動したことが本人に知られて恥ずかしかったのだろう。そそくさと場から離脱した小椿さんの背中に向かって、真昼が虚しく手を伸ばす。
「……」
「……」
残されたのは俺たち二人と気まずい空気だけ。真昼がいつも騒がしい分、こうして二人きりの状況で沈黙が下りると余計にソワソワしてしまう。
俺に背を向けたまま硬直している女子高生になんと声を掛けたものかと考えていると、やがて彼女はぼそりと言った。
「……ど、どうでしたか……? その……おにぎり……」
もじもじしながら聞いてくる真昼の後ろ姿を見て、俺は思わず微笑を漏らしてしまう。
俺はこの二ヶ月ほど、彼女の作った料理を何度も食べてきた。それは上手に出来た料理も、そして失敗してしまった料理もだ。しかしそのいずれの時より、今の真昼は緊張しているように見える。
わざわざ早起きして作ってくれたくらいだ。もしかしたら俺を驚かせたかったのかもしれない。最初の失敗以来、おにぎりだけは味見もさせてくれなかったのは――
『私、絶対おにぎりを作れるようになってみせます。今度お兄さんに食べてもらう時、美味しいって言って貰えるように』
――あの言葉を、真実にするためか。
「――塩加減は、相変わらず下手くそだな」
「!」
真昼がぴくっ、と肩を揺らしたのとほぼ同時に、俺は「でも」と続ける。
「
これは、果たして真昼の望んでいた言葉だっただろうか。シンプルに「美味かった」とだけ伝えた方が良かっただろうか。
けれど、俺にはこう答えてやることしか出来ない。彼女のことを手放しに、ただ機械的に褒めることなどしたくない。
俺は曲がりなりにも真昼に料理を教える身であり、だったら改善点はしっかりと伝えて然るべきであり。
だから彼女が料理評を求めてきたなら、本当のことしか答えてはならない――そうあるべきだと思った。
「……んひひ、お兄さんは厳しいですね」
俺が「でもやっぱりまずは目一杯褒めてやった方が良かったのでは……」などと後悔し始めた時、真昼が心底嬉しそうな、人懐っこい笑顔とともにこちらを振り返った。
そして彼女は後ろ手を組んだまま、「じゃあ」と真っ直ぐに俺の目を見つめてくる。
「次食べて貰う時は、前より美味しくなったって言わせてみせますからっ!」
「!」
早くも「次」のことを考えている向上心たくましい女子高生に一瞬ぽかんとした後、俺は自然と頬を緩めた。
「……そっか。それじゃ、楽しみにしてる」
「はいっ!」
名前の通り、真昼のお日様のように眩しい表情で彼女は笑う。
きっともう彼女は俺よりも上手におにぎりを作れるようになっただろう。つまりは、これが一品目。
俺は今日初めて、この不器用な女子高生に料理の腕で負けた。
そのことがなんだか悔しくて、今夜の食事は俺が彼女に新作を食らわせてやろうと、密かに心に決めたのだった。
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